令嬢 鷹宮紫織   連載第11回 




 とある病院の特別室で紫織は難しい手術を受けるかどうか、決断をせまられていた。
手術の成功率は20%。紫織は迷っていた。
ベッドの上で紫織はうつらうつらしながら手術を受けるよりは、このまま儚くなってしまいたいと思った。
生きていて何になるのだろう。
望みのない人生。
紫織は、ほうっとため息をついた。
枕元においてある真珠のペンダントをそっと取り上げた。

「真澄様」

紫織は真澄を思って、また、ため息をついた。


トントン。
ドアをノックする音がする。

(回診かしら)

紫織はそう思いながら

「どうぞ」

と言った。
ドアを開けて入って来たのは父親だった。

「紫織、今日は珍しいお客さんを連れて来たよ」

真澄が、病室に入って来た。

「まあ、お父様、い、いきなり連れて来るなんて、ひどいわ。
 私、こんな格好ですのに」

紫織は思わず、上掛けを胸元まで引き上げた。

「まあ、そう言うな、紫織。真澄君には無理を行って来てもらったんだ。
 じゃあ、後でまた寄るから。」

「お、お父様!」

紫織と二人になると真澄が挨拶をした。

「紫織さん、お久しぶりです」

紫織は、そっぽを向いて

「別れた妻になんの御用ですの。私、あなたとはお会いしたくありませんの」

とそっけなく答えた。

「紫織さん、手術、受けないんですか?」

真澄は紫織のベッドの脇にある椅子に腰掛けながら聞く。

「そ、そんな事! あなたに関係ないじゃありませんか!
 それに、そうやって命を長らえて何になるって言うんです」

「生きていると面白い事がたくさんありますよ」

「あなたには有っても私にはないんです!」

「どうして?」

「だって、だって……」

「南米やアフリカ、アジアの奥地にはまだまだ発見されていない蘭があるそうですよ。
 見たくありませんか?」

「蘭の話で、私をつろうとしても無駄ですから」

「……」

真澄は紫織の反応に話を変えた。

「紫織さん、あなたは僕の為に身を引いて離婚してくれたのでしょう」

「まあ、ご冗談を。真澄様、うぬぼれないで下さい。
 私はあなたに愛想がつきただけですわ」

「では、この真珠は何です。
 僕が新婚旅行であなたに送った物だ。
 あなたはまだ、僕を愛している。
 愛しているのに、僕の幸せの為に離婚してくれたんだ。
 僕はあなたにとても感謝しているんです。
 あなたに元気になって貰いたい。
 どうか、手術を受けて下さい」

「真澄様、私の事は捨て置いて下さいませ。
 確かに私はあなたをまだ愛しておりますわ。
 でも、あなたのお心は私にとって空にかかる虹なのです。
 決して手に入らない。
 手に入らない物を思って生きる事に私は疲れてしまったのです。
 どうか、もう、お引き取り下さい」

真澄はしばらく考えていた。そして、そっと囁いた。

「……ララをそそのかしたのはあなたでしょう、紫織さん」

紫織はびっくりした。

「! な、な、な、何の事でしょう! 私わかりませんわ」

紫織はあわてた。真澄の口からララの名前が出るとは思ってもいなかった。どこかに逃げ出したかった。

「僕とあなたが離婚する原因になったモデルのララですよ。
 ララは、僕がマヤと付き合い始めると本性を現したんです。
 パーティの席であなたから僕の自慢話をさんざん聞かされたと言っていました。
 あんまりあなたが自慢するのでそれで僕を誘惑する気になったそうです。
 あなたは、あなたが離婚すると言っても、別れる理由がなかったらお父上や鷹宮翁が承知しないと思ったのでしょう。
 周りを説得するにはマヤの話をしなければならない。
 だが、マヤを理由に出したらご実家の方々はマヤを潰そうとするかも知れない。
 だから、ララをそそのかして僕を誘惑させた。
 僕がララと実際に付き合うかどうかは関係なかった。
 ただ、スキャンダルな記事が週刊誌に載れば良かった。
 常にマスコミを賑わす派手なララはまさにうってつけだった。
 スキャンダルな記事が出れば、妻としての体面を傷つけられたと言って周りを説得出来る。
 ご実家は体面を重んじる家柄だ。
 それを逆手に取ったのでしょう。
 それに、お父上や鷹宮翁は自分達が愛人を持っているので僕の女性問題に寛容な事も知っていた。
 女性問題が記事になってもお父上達は僕に制裁を加えない。
 そこまで考えてあなたははララをそそのかしたんだ。
 違いますか?」

「さ、さあ、パーティの席で妻が夫の自慢をして何が悪いんですの。
 今頃そんな言い掛かりを言われても知りませんわ」

「あなたには経営者になる才能がある」

「はあ? 何を言い出すんです」

「お父上も鷹宮翁も、あなたが女の子だから経営者にする教育をしなかったのでしょう。
 人を自分の思った通りに動かせるのは経営者として必要な才能です。
 どうです、手術を受けて丈夫になって、僕と一緒に事業をやりませんか?」

「真澄様!」

「それに、人の気持ちは変わるものです。
 今度は、ララではなくご自分で僕を誘惑してみるつもりはありませんか?」

「そんなこと、そんなこと、そんなこと、マ、マヤさんにいいつけましてよ」

「ああ、言って貰って結構だ。言えるものならね。
 病人のあなたはベッドから降りる事も出来ない。病人のあなたなど、怖くもなんともありませんよ。
 丈夫になったら別ですが……」

真澄の物言いに紫織は一瞬、かっとした。

「私、私、手術を、手術を受けますわ、そして、丈夫になって、あなたの不埒な話をマヤさんに話してさしあげますわ!」

「結構でしょう」

真澄は、椅子から立ち上がり病室のドアを開けた。
紫織の父親と主治医が立っている。

「お聞きになりましたか? お嬢さんは、手術を承知なさいましたよ」

「ああ、真澄君、ありがとう!」

鷹宮社長は真澄に礼を言った。
真澄は、紫織の方を振り返った。紫織が呆然と見ている。

「では、紫織さん、元気になって僕に会いに来てくれるのを待っていますから」

真澄は笑いながらそう言うと、病室を後にした。


エピローグ


数年後、手術を受け丈夫になった紫織は、会社経営の手法を学ぶと化粧品会社を起こした。
彼女の美貌と鷹宮グループのバックアップ。そして、何より、彼女の経営の才能によって会社は成功した。

果たして紫織は、真澄の事業パートナーになったのか、真澄をもう一度誘惑したのか、或は、マヤに真澄の不埒な言動を告げ口に行ったのか?
それはまた、別の話である。







あとがき


最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。
「別冊 花とゆめ」連載中のお話は、紫織さんがどんどん悪くなって行って、それはそれで面白いのですが、最初の設定通り優しいお嬢さんだったらどうなるか書いてみたくて作ったお話です。

最初の新婚旅行の話、蛇と戦う所、そしてラスト。
今回のお話でこの3つが書きたかった所でした。
ラストは連載を初めてからも何度も書き直しました。
思わず、マルチエンディングにして、読者が気に入った内容を自分で選択できるようにしようかとおもったのですが、自分が一番気に入ったラストにしました。

番外編の為、離婚する所は読者の方にわかっているので、どう、面白くするか悩みました。
紫織さんを良く書いた為、真澄は悪い男になるし、、、、(^^;;)

また、人によっては堂々とマヤに愛を告白して、紫織と婚約を解消するのが男らしいと言う人がいます。
それはそれで、正論だと思います。
しかし、今回、自分自身の目的、「母の無念をはらす」という目的を達成する為に自身の恋心も何もかもを犠牲にし、利用出来るものは総て利用して目的を達成する速水さんを書いてみました。
それなりに男らしい速水さんではないかと私は思います。

余談ですが、男には3人の女性がいるとよく言われます。母、妻、恋人。
速水真澄をめぐる3人の女性、母;文、妻;紫織、恋人;マヤ。
今回は母の復讐の為に生きた速水さんでした。
本編の速水さんにはぜひ、恋人マヤの為に生きて貰いたいものです。^^


最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。





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