トト    連載第1回 



 「ねえ、北島さん、ホントに大丈夫?」と草木広子が言った。

「平気、平気、ここなら庭が広いから大丈夫よ」

ここは速水邸の前。
晩秋の午後、北島マヤ、草木広子、吉沢ひろしの3人は門の前に立ち一抹の不安を覚えながらチャイムを鳴らしていた。
草木広子と吉沢ひろしはマヤの高校の演劇仲間である。3人共一ツ星学園の制服を来ている。
誰も出て来ないのではないかと思ったその時、お手伝いさんの声が聞こえた。

「はい?」

「あの、あたし、北島マヤといいます。突然で失礼かと思ったのですが、速水さんは、あの、大都芸能の速水社長はご在宅でしょうか?」

「しばらく、お待ち下さい」

お手伝いさんを待っている間、3人はそわそわと落ち着かない。

「北島さん、やっぱり帰った方がいいんじゃない?」

3人がそろそろ門前払いされるんじゃないかと思っていると、かちゃりと音がした。通用口のドアが開きお手伝いさんが、どうぞと言ってにこやかに迎えてくれた。
マヤは以前居た事があるので勝手知ったる人の家である。お手伝いさんについてずんずん歩いて行く。草木広子と吉沢ひろしは、そんなマヤの後ろからそろそろとついて行く。
玄関に入るとマヤは言った。

「あの、あたし達、長居をするつもりはないんです。ここでいいです。速水さんを呼んでもらえませんか?」

しばらく待つと速水がやってきた。

「やあ、チビちゃん、今日はどうした? そちらは?」

「あの、あたしの友人で、草木さんと吉沢君」

二人はそれぞれ挨拶をする。

「あの、今日、速水さんが誕生日って聞いて、プレゼントを持って来たんです」

「俺に?」

「そうです……」

「君が俺に?」

「だから、そうですって言ってるじゃないですか! 速水さんには、あの……、いろいろお世話になりましたから……」

マヤと後の二人はそれぞれ手に持っていた包みを差し出した。

「速水さん、お誕生日おめでとうございます」

3人はペコリと頭をさげた。

「ああ、ありがとう。で、これは?」

速水はマヤが差し出したキャリーバックの中を覗いた。子犬が入っている。マヤはキャリーバックをおき、小さな扉をあけた。中の子犬を抱き上げる。首に青いリボンがまいてある。

「はい、速水さん」

マヤは速水に子犬を渡した。小さく暖かく頼りない生き物。速水は困惑した。戸惑いながら小犬を観察する。黒く長い毛。犬種はテリアのようだと速水は思った。草木と吉沢が子犬のドッグフードや餌入れの皿を差し出す。

速水さんとトト by プリモ
by プリモ

「この子犬、速水さんにあげます。可愛がって下さいね。じゃあ、あたし達、これで」

マヤは唖然とする速水をおいて帰ろうとした。草木広子が一生懸命速水に言う。

「あ、あの、あたしんちに生まれた子犬なんです。貰い手がなくて、ここなら庭が広いから大丈夫だって北島さんが、、、。あの、トイレの躾は出来てますから家の中で飼っても大丈夫ですよ。じゃ、失礼します」

草木の言葉に我に返った速水が声をかける。

「3人共、待ちなさい。貴重な贈り物をわざわざ持って来てくれたんだ。お茶でもどうぞ」

「いえ、あたし達、急ぎますから」

マヤが帰ろうとする。速水はさっとマヤの腕を掴んだ。マヤはじたばたしたが、速水の腕の力の方が強い。

「そう、嫌がりなさんな。君の好きなケーキもある。家の中がいやだというなら庭ならいいだろう? 今日は天気がいい。朝倉、庭にお茶とケーキを持って来てくれ。さ、君達はこっちだ」

マヤは結局、速水に腕を掴まれたまま、強引に庭においてあるガーデンテーブルまで連れて行かれた。
やがて、お手伝いさんと執事の朝倉が、お茶のセットを持って来た。暖かい秋の午後である。紅茶と焼きたてのケーキの香りは若い3人の食欲を刺激した。
速水にとっても高校生3人が嬉しそうにケーキをパクつく図はとても珍しく速水の心をふわりと暖かくした。真澄は抱いていた子犬を地面に降ろすと、餌入れに水をいれて子犬の前に置いてやった。子犬は無心に水を飲み始める。

「この子犬、名前はもうついているのか?」

「いいえ、まだです」

マヤはケーキを食べながら答える。

「そうか……。だったら、名前はトトにしよう」

マヤは速水の言葉にむせそうになった。

「あ! 『オズの魔法使い』」

吉沢ひろしが声をあげる。

「ああ、そうだ。『オズの魔法使い』だ。あれに出てくる犬にそっくりだからな」

マヤは一瞬、いやあな気持ちがした。マヤもまた小犬の姿形から「オズの魔法使い」を思い出し、もし自分が名前をつけるならトトにしようと思っていたのだ。

「へえー、速水さんがあんなお伽噺をよく知ってますね」

「うん? これくらい常識だ」

「だったら、速水さんは心がないブリキのきこりですね」

「ほう、では君は自分がドロシーとでも言うつもりか? 確かに知らない間に悪い魔女を退治していそうだな」

草木と吉沢は笑い出した。

「あ、ひどい、草木さんまで! あたしがドロシーなら……、草木さんがライオン、吉沢君がかかしね。
 二人共知恵はあるし、勇気も持ってる。でも速水さんは冷血漢で心はありませんよ〜だ!」

マヤが速水に向ってべーっと舌をだして見せた。

「マヤちゃん、それ言い過ぎ!」

草木がたしなめる。草木は大急ぎで話題を変えた。

「あの、犬は飼ってらっしゃらないって北島さんから聞いたんですけど、どうして飼ってないんですか?
 大きなお家って1匹くらい居るものだと思って……。」

草木が不思議そうに聞いた。

「必要ないからな」

「犬って必要で飼うものなんですか?」

「番犬として飼うのが一般的だろう。うちには最新式の防犯システムがセットされているから番犬は必要ないんだ。それに……」

速水は話しかけてやめた。確実に3人を怖がらせるだろうと思った速水は口をつぐんだ。速水の家には犬にまつわる恐ろしい話があった。その話を聞いたら、この可愛い子犬をここに置いていくのを躊躇するだろう、いや、確実に持って帰るだろうと速水は思った。

「いや、なんでもない。ああ、そうだ、君たち、もしトトに会いたくなったら何時でも会いに来るといい。
 子犬を人にやると気になるだろうからな」

マヤは、速水が珍しく優しい事を言ったので雪でも降るのではないかと思った。3人は速水にケーキの礼を言うと帰って行った。

犬にまつわる恐ろしい話。
速水はトトを守ろうと思った。あんな恐ろしい事は2度と起させないと……。





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プリモ様が、素敵なイラストを描いてくださいました。本文中は小さなイラストでしたが、大きいサイズでぜひお楽しみ下さい。プリモ様、素敵なイラストをありがとうございました。

速水さんとトト by プリモ
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イラストを描いてくださったプリモ様のサイトはこちらです。

クッキーみるく味
プリモ様、素敵なイラストをありがとうございました。


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