続・狼の夏 第1章 夏の日の恋   連載第1回 




「おやりなさいませ。」

聖唐人は速水真澄に勧めていた。愛を告白する事を。

ここは、速水の伊豆の別荘。
速水は聖にマヤとの告白の顛末を話していた。

「あいつは、全く覚えてなかったんだぞ! あんまりじゃないか!」

「しかし、両想いだったのでしょう。良かったじゃありませんか。」

「まあ、そうだが、、、。」

そう言った速水は自身の顔が赤らむのがわかった。
そんな速水に聖が言った言葉が「おやりなさいませ。」だった。

「聖!」

「良いではありませんか、両想いなのでしょう。マヤ様にお気持ちを打ち明ければいいのです。
 しかし、マヤ様も水臭い。私に話して下さればいいものを。」

「きっと、俺が直接、名乗りを上げるのを待っているのだろう。
 だが、一体、いつから知っていたのだろう、、、。
 聖、おまえ、何か心当たりはないか?」

「そうですね、、、。残念ながら、、、。」

「そうか、、、。」

速水は、何度も考えてみたのだが、どうしても思い浮かばなかった。

「まあ、いい。
 マヤの気持ちはわかったが、今は試演の前だ。俺の事が演技の邪魔になったらまずい。
 試演が終わったら、マヤに話す事にしよう。
 取り敢えず、打掛けが出来て来たんだ。届けてほしい。」

「承知致しました。」

速水は、メッセージカードに、


      あなたの紅天女のために...

      先日は、当方の手違いで、せっかくあなたからいただいた
      貴重な舞台写真のアルバムを破損した上、あなたに送り返す
      という失礼な事をしてしまいました。
      どうぞ、許してください。
      尚、今後はメッセージの最後に必ず☆マークをいれるようにします。
      手書きのメッセージの最後に☆マークが入っていたら私からだと
      思って下さい。
      ただし、この事は誰にも言わないように。
      
      いつもあなたを見ています。
            あなたのファンより ☆


と書いた。

速水は、マヤの気持ちもマヤが紫のバラの人が自分であると知っている事もわかっていたが、その事をマヤに打ち明けるのはまだまだ先にする事にした。
(俺だって、真剣に打ち明けたんだ。それを、覚えてないなんて。もう少し、お灸をすえてやるさ。)
速水は、やわらかな笑みを浮かべながらメッセージを読み返した。



紅梅の打掛けを受け取ったマヤは、感激のあまり涙を流した。
(速水さん、紫のバラの人、ありがとう、ありがとう。なんて、お礼を言ったらいいの。)
届けてくれた花屋に、メッセージを頼んだ。



      いつも、素敵なプレゼントをありがとうございます。
      アルバムは手違いだったのですね。
      あなたに会いたいなどと我が儘を言ったので
      それで、見捨てられたのかと思いました。
      見捨てられてなくて、本当に良かった!
      メッセージカードの☆印、承知しました。
      私、いただいた打掛けに負けないよういい演技をしたいと思ってます。
      いつか、あなたに会えますように!



メッセージを受け取った速水は、幸せな気分だった。つい物思いに耽ってしまった。
あの日、抱きしめた柔らかい彼女の体、唇の感触、あの子の香り。
耳元で囁かれた愛の言葉。

「、、、社長、速水社長、こちらに はんこをお願い致します。」

秘書の水城の言葉に速水ははっとした。

「ああ、すまない。」

「社長、お疲れですか?」

「いや、ちょっと、気になる事があって。」

「マヤちゃんですか?
 なんでも、紫のバラの人からアルバムが送り返されたかと思ったら、今度は、紅梅の打掛けが届いたそうですね。
 社長、紫織様との婚約解消といい、何があったか、大体察しがつきますが、仕事に集中してください。」

「水城君!」

「もし、気になる事があったら、さっさと解決して下さい。
 トップが仕事に集中して下さらないと下の者が困ります。」

「君の言う通りだな。問題はさっさと解決した方がいい。
 ただ、デリケートな問題なんだ、試演まで待ってくれ。」

「承知致しました、」水城はサングラスの奥でくすりと笑って社長室を出て行った。

速水は、秘書に指摘されるまでもなく仕事に戻ると猛烈な勢いで仕事を始めた。
そして、今日中に済ませなければならない仕事を片付けるともう一度パソコンに聖から送られてきたマヤの写真を映し出した。
紅梅の打掛けを着たマヤ。
その写真を見る度に、速水は幸せな気分になった。
そして、いつもの疑問に立ち返った。

(一体、いつから俺が紫のバラの人だと知っていたのだろう。)
黒沼が言っていた、稽古が始まった時も失恋していたという話が気になった。
(稽古が始まった時と言うと、6月。
俺の婚約発表の席にマヤが来ていた。珍しくおしゃれをして。
もし、あの時すでに俺の事を愛してくれていたとしたら、俺の婚約を知って失恋したのだろう。
それなら、辻褄が合う。
だとするとその前、あの梅の谷での体験は、もしかしたら、本当にあった事なのかもしれない。
あの幽体離脱のような体験。
突風が吹いて梅の谷全体が光ったような気がしたのも実際にあった事だったのだろうか?
マヤを見間違えたと思った紅天女。まさか、まさかな。この世に本当に女神がいるわけがない。
そういえば、尾崎一連も梅の谷で女神をみたと、梅の谷には本物の女神がいると言っていたらしいが、、、。
ばかばかしい。目の錯覚だ。
だが、そうだな。もし、今度マヤと話す機会があったら聞いて見よう。
同じ体験をしていたとしたら本物という事か、、、。
まさか!
、、、。
そう言えば、あの時、マヤは阿古夜の台詞を言っていた。
あれは、あれは、そうだ。
あれも、告白だったんだ。
俺はなんて馬鹿なんだ。
あの時、すでに愛してくれていたんだ、、、。
では、その前の社務所は。
あんなに俺を嫌っていた彼女が、社務所では、俺を気遣ってくれていたっけ。
あの時すでに愛してくれていたのか?
そうでなければ、『暖めて下さい』などと言うわけがなかったんだ。
それに、別れ際に『私の気持ちです』と言って梅の枝を一枝を折ってくれた。
あれも、愛の告白だったんだ。何度も、遠回しに告白してくれてたんだ。
内気な彼女が精一杯の勇気を振り絞って。
大馬鹿だな、俺は。
これは、天罰なのだろうな。人の気持ちを思いやる事などしなかった俺への。
だから、肝心な時に大事な人の気持ちがわからなかったんだ。)

速水は、迷った挙げ句、黒沼と会う事にした。
速水は黒沼からほしい情報を手に入れると、紫のバラの花束をマヤに送った。
メッセージをつけて。


      先日のお詫びに別荘に、招待させてください。
      以前、ヘレン・ケラーの役作りの時にお貸しした別荘です。
      どうか、断らないでください。
      あなたの都合のいい日を花屋に言ってください。
      別荘番に用意させておきましょう。
      前回と同じように私の事は詮索しないでください。

      いつもあなたを見ています。
            あなたのファンより ☆


マヤは二つ返事で、ぜひお伺いさせて下さいと花屋に返事をしたのだった。


8月になった。
鬼の黒沼も、さすがに夏休みをくれたので、マヤは一人、紫のバラの人の別荘へと向かった。



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