続・狼の夏 第1章 夏の日の恋   連載第2回 




 マヤは列車に乗ると、先日読んだ週刊誌の記事を思い出していた。
速水の婚約破談の記事を。

「...破談の原因は性格の不一致という事になっているが、鷹宮紫織さんが速水氏の非人間的な経営に嫌気がさしたのが、原因らしい。(以下略)」

(速水さん、きっと、まだ、好きなんだろうな、紫織さんの事。失恋って辛いもの。)

マヤはため息をついた。
絶縁状が紫のバラの人から届いた時は、見捨てられたかもしれないと思ってひどく動揺してしまい、無性に告白したかったマヤだった。
だが、結局、絶縁状が間違いだとわかってからは、マヤの想いはまた、胸のうち深く仕舞い込まれていた。

マヤは、駅に着くと早速、別荘番に電話をした。
迎えに来てくれた人は、前回の管理人とは違う人で、名前を川瀬と言った。
以前の管理人は、息子夫婦と一緒に暮らす事になり引っ越して行ったのだという。
別荘に着くと、川瀬は荷物を別荘に運びこみ、

「冷蔵庫の中にいろんな食料が入ってます。ケーキやアイスクリームもありますよ。
 ぜひ、召し上がって下さい。
 何か他に必要な物があれば連絡してください。」

と言って帰っていった。

マヤは、早速、稽古着に着替えると、阿古夜の練習を始めた。
マヤが、別荘に招待されて嬉しかったのは、風と太陽と木と水のある所で、練習したかったからだった。
なんとか、阿古夜を掴んだものの、まだまだ、出来ていない所も多く、自分の演技を梅の谷と同じような環境で考えてみたかったのだ。
特に、一瞬で天女に見える所。
(どうやったら、天女に見えるだろう。仏像の立ち姿をするだけではだめなんだわ。)
マヤは、そんな事を考えながら、湖の方へ歩いていった。
(美しい湖、あの山の池もきれいだったなあ。)
どこか遠くで車の音がするが、それ以外は、鳥の声、風の音、木ずれの音、蝉の鳴く声しか聞こえない。
静かだった。
そこに、足音が聞こえた。足音の方を振り返ると速水真澄が、木々の間を抜けてマヤの方にやってくる所だった。

「速水さん!」

マヤは嬉しかった。紫のバラの人からの招待なので、もしかしたら速水に会えるかもしれないと思っていたのだ。
だから、青木麗が一緒に行くと言うのを振り切って一人で来たのだった。

「やあ、ちびちゃん、奇遇だな。こんな所で会うなんて。」

もちろん、速水は待っていたのだ。マヤが到着するのを。
マヤに君の気持ちを知っていると言えばいいのだが、まだ、速水は言いたくなかった。
この奇妙な状況をもう少し楽しみたかった。

「速水さんこそ、どうして、ここに。」

「俺は、仕事だ。毎年、この時期、別荘で、パーティをやるんでね。
 君こそ、どうしてここに。」

マヤは思った。
(速水さん、紫のバラの人、あなたに招かれてって言えるといいのに。
 そしたら、直接お礼が言えるのに)
そう思ったマヤだったが、表面は、

「あの、紫のバラの人に招かれたんです。」と答えた。

「ああ、君の足長おじさんか。」

「ええ、あの、この間、相談したアルバムの事なんですが、やはり、ご本人からではなかったんです。
 それでお詫びに別荘に招待して下さったんです。」

「そういえば、そんな事を言っていたな。
 あの日、君は、随分、酒を飲んでいたようだったが、大丈夫だったか?」

「ええ、明くる日起きたら、すっごい二日酔いで頭が痛かったんですが。
 あの、わざわざ送っていただいて、ありがとうございました。
 お会いしたらお礼を言おうと思っていたんです。」

「どう致しまして。君はしかし、変わらんな。相変わらず、ちびちゃんで助かったよ。
 抱き上げても軽かったしな。」

「そ、それは、どうも。だ、抱き上げたって。あの、あの、、。」

「君が酔いつぶれていたからな。仕方がないから抱き上げて運んだのさ。
 なんだ、覚えていないのか?」

マヤは真っ赤になった。速水はそんなマヤの反応を思いっきり、楽しんでいた。

「えっと、え〜っと、ええ、ぜっんぜん、全く、覚えてないんです。すいません。ご迷惑おかけして。」

「それは、残念だな、せっかく、愛の告白をしてくれたのに。」

「えっ、えええ〜!」マヤは赤い顔が更に真っ赤になり、ゆで蛸のようになった。

「はっはっはっは、嘘だよ。君がそんな事、言うわけないじゃないか!
 俺をゲジゲジと言って嫌っている君が!」

「もう、速水さんったら、ひどい。か、からかわないで下さいよ。」

そう言って、マヤはプイっと横を向いた。
速水は、楽しげに笑うと、

「ところで、君は、ここに来ても稽古をしているのか? そんな格好で。」と聞いた。

「ええ、どうしても、出来ない所があって、ここで掴めるといいなあと思って。」

「どんな所なんだ。」

「一瞬で天女に見える所です。なかなか、出来なくて。」

2人は、そんな話をしながら、湖にそって自然と歩き出していた。
並んで歩きながら二人は、紅天女の演技の話をした。
マヤが木の根っこにつまずくと、速水がさっと手を貸した。
いつのまにか、二人は手をつないで歩いていた。
湖面は鏡のように澄み、ひんやりとした空気は清澄で、穏やかな幸福感が二人を満たしていた。

「君の天女はどんなイメージなんだ。」

「そうですね。
 天女っていう位だから空が飛べて、きれいな着物を着てて、ふわふわしてて、、、。
 音楽を奏でたり、、、まりを投げたり、、、。
 いつも幸福で、穏やかな気持ちで過ごしているんです。」

「穏やかで、幸福な気持ちか、まるで、この湖のようだな。」

「ええ、本当に」

二人は、足を止めしばし、湖に見入った。
空に浮かんだ白い雲。遠くに見える緑の山々。
向こう岸に点在する別荘すら風景の一つとして湖の美しさを引き立てている。

「だが、湖に心はない。人が湖の様子を見て勝手にそう思うだけだ。
 一真もそうだろう。ある日、阿古夜を見たら天女に見えた。
 何故か。普段の村娘とは違う雰囲気を阿古夜が持っていたからだろう。
 ま、その辺を考えてみるんだな。
 さてと、ところで、君は今夜の夕食はどうするんんだ。」

「夕食は、別荘の冷蔵庫に食事が入っているのでそれを食べるつもりです。」

「連れは?」

「一人です。招待されたのは私一人だし、一角獣や月影のみんなは今、公演中なので。」

「そうか、良ければ俺の別荘で一緒に食事をしないか?
 君が来るなら、テラスで湖をみながら食事にしよう。
 どうだ? こないか?」

「でも、速水さん、パーティは?」

「あれ、言ってなかったか、もう、パーティは終わったんだ。仕事が終わったんで少しゆっくりしてるのさ。
 デザートにケーキをつけるぞ。」

「えーっと、それじゃあ、お伺いします。ぜひ、ケーキが食べたいので!」

「ははは、俺の別荘は、この道をまっすぐに、歩いて15分程のところだ。
 このまま、一緒に来るか?」

「いえ、稽古着なので。着替えてからお伺いします。」

「そうか、じゃあ、6時に迎えに行こう。どの別荘だ。君が泊まっているのは。」

「え〜っと、緑の三角屋根の、ほら、あそこ、ちょっとだけ、見えるでしょう。
 あそこです。」

「ああ、あの別荘か。じゃあ、6時に。」

そう言って、速水は、帰って行った。
去って行く速水を見ながら、
(さすが、速水さんよね。自分の別荘なのに知らないふりするんだもん。ほんと、名優だわ。)
そんな、速水を見送りながら、さっき、速水の言った事を考えてみた。
(普段の村娘とは違う雰囲気を阿古夜が持っていた。
 ふー、わからないな〜。)

そんな事を考えているうちに、別荘に戻った。
時刻はすでに5時を指していた。マヤは、大急ぎでシャワーを浴びると服装を整えた。
もしかしたら、速水に会えるかもしれないと思って持って来ていたワンピースをだした。
それから、髪を聡子役をやった時のように、まとめた。
そして、やはり速水に会えた時の為に用意して来た荷物を引っ張りだした。

やがて、6時になり速水がやって来た。



続く      拍手する      感想・メッセージを管理人に送る


Buck  Index  Next


inserted by FC2 system