続・狼の夏 第2章 秘めた恋   連載第1回 




「マヤ、あんた、山で何かいい事でもあったのかい?」

高原から戻ったマヤを見て、青木麗はそう聞いた。
ここは、白百合荘。二人は朝ご飯を食べていた。

「えっ、どうして!」

「いや、雰囲気が変わったからさ、どうしてかなって」

「麗、私、そんなに変わった?」

「ああ、変わった。まるで、恋人が出来たみたいだ。
 それとも、まさか、紫のバラの人に会えたのかい?」

「ううん、会えなかった。でも、山で練習をしてたら、阿古夜の恋が掴めた。
 それでだと思う。」

マヤはそう言って、麗の追求をかわした。
速水との恋は、試演が終わるまでは絶対に言えなかった。たとえ、相手が麗であっても。

夏休みが終わり、稽古が始まった。
黒沼は、すぐにマヤの演技が変わった事に気がついた。
ぶわっと吹き出す恋の華やぎ。これこそ、黒沼の求めていたものだった。
マヤの演じる阿古夜の周りには、紅梅の花びらではなくピンクのハートが、山ほど飛んでいた。

黒沼は、北島の演技を見ながら速水と最後に会った時の事を思い出していた。

(『黒沼さんは以前、北島は紫のバラの送り主に恋をしていると言っていましたが、もし、北島の恋がかなったとしたら試演に影響が出るでしょうか?』

 恐らくいい方にでるだろうと言ったが、、、。
 若旦那が何かしたのかな?
 若旦那の情報網を使えば、紫のバラの人を見つける位、わけないかもしれんが、、、。
 ま、おかげで、北島の演技がよくなったんだ。言う事なしだな。)

黒沼は、それ以上詮索しない事にした。

共演者の男達のマヤへの態度が一変した。
皆、口々にマヤと付き合いたいというのだ。
桜小路もまた、熱い目でマヤを見つめていた。
マヤは、軽口をたたいて、そんな男達をかわしたが、内心、どうしようと困っていた。
ロッカーで着替えていると役者仲間のA子がマヤに話しかけてきた。

「マヤちゃん、もてもてね。」

「あたし、困るわ。演技なのに。」

「そうね。男って勘違いしやすいから。それでもって、相手の態度を自分の都合のいいように解釈するのよね。」

「ええ? そうなの? 困るなあ〜!」

A子の話は男達の一般論だったが、それだからこそ大抵の男にあてはまった。
マヤは、速水の声が頭に響いたように思った。
(君がしっかりしていれば、大丈夫だろう。断る時はきちんと断るんだぞ。
 下手に希望を持たせるより、ちゃんと断った方がいいんだ。
 その方が彼の為だ。わかったな。
 もし、手に負えないようだったら、黒沼さんに相談するんだぞ。)

マヤはどうしたらいいだろうと思ったが、なかなか、いい解決策は浮かばなかった。
とにかく演技だって事を強調するようにしようと思った。
試演まで後1ヶ月半だった。


一方、こちらは、大都芸能社長室。
速水は、窓ガラスの向うに広がる大都会の景色を眺めながら英介との会話を思い出していた。
英介は、どこから集めてきたのかわからないが、見合写真を山のように持って来たのだ。

(真澄、大都芸能の社長がいつまでも独り身では困る。
 さっさと、その中から選んで結婚しろ。)

(お義父さん、『紅天女』の試演が終わるまでは、わずらわされたくないと言ったでしょう。
 見合いはしません。
 一体、誰がこんなに持って来たんです?
 鷹宮との事があった後なのに。)

(その鷹宮との事があったからだ。
 どうやら、おまえの事を密かに想っていた女性がたくさんいたようだな。
 紫織が相手ならと思ってあきらめていたご令嬢達が婚約が解消されたと聞いて、おまえとぜひと言ってきたそうだ。)

(鷹宮との婚約破談の顛末を知っているんですか? この人達は。
 とにかく断ってください。
 そうですね。理由は、紫織さんを忘れられないからと言っておいてください。
 それなら、断りの理由として妥当でしょうし、あきらめやすいでしょう。)

(おまえはそれでいいのか?)

(いいも何も、とにかく、試演までは、この手の事でわずらわされたくありません。
 試演が終わったら考えますから。)

(ふむ、試演か。そういえば、姫川亜弓の目の手術は成功したそうだな。)

(はい、まだ、見えるようになるかどうかわからないそうですが、経過はいいそうです。)

(で、北島マヤが上演権を取った時の対応は考えているのか?)

(その件なら、大丈夫です。
 もし、北島が取った場合、前回のうちとの契約で出た損害の額を言えば北島は断れない筈ですからね。
 ぬかりはありません。)

そんな事を思い出していると、ドアをノックする音が聞こえた。
秘書の水城が入ってきた。

「社長、コーヒーをお持ちしました。」

「ああ、水城君、ありがとう。」

「いかがでしたか? 高原でのパーティは?」

「相変わらずだったな。」

「婚約破談の影響は、なかったんですか?」

「そういえば、、、一部の人から気の毒そうな顔をされたが、あれは、婚約破談のせいか。
 君に指摘されるまで気がつかなかったよ。」

そう言って、速水は笑った。水城は、上司の機嫌が良いのを見て取った。

「休暇の方はいかがでした?」

「ああ、久しぶりにのんびりできた。たまには、休みも必要だな。
 ところで、例の件はどうなってる?」

速水は、水城に進行中のプロジェクト全般について報告させた。
その上で、幾つか指示を出すと取引先との打ち合わせへと赴いた。

水城は、社長を送り出すと速水の印象がどことなく変わった事に気がついた。

(そう、若々しくなったのだわ。まるで、恋人でも出来たみたいに。
 え、恋人!? まさか、まさかね。私の思い違いだわ。)

水城は、あまりに突飛な考えにびっくりすると共に、否定出来ないものを感じた。

(もし、恋人が出来たとしたら、マヤちゃん以外に考えられない。
 もしかしたら、、、、。
 まあ、いいわ。社長のプライベートな事ですもの。
 それに、仕事の能率は上がってるし。)

水城はそう思って自身の仕事に戻った。


速水家の執事、朝倉はなんとか真澄に結婚させようと躍起になっていた。
真澄はそんな朝倉の様子に気がついていたので、次の休日も、伊豆の別荘へ避難した。



続く      web拍手       感想・メッセージを管理人に送る


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