続・狼の夏 第2章 秘めた恋 連載第2回
「そんな! 試演までお会いにならないのですか?」
聖唐人は驚きの声を上げていた。
速水とマヤが相思相愛の中になり、聖は我が事のように喜んだ。
だが、彼の主人は出来たばかりの恋人と一ヶ月以上会わないという。
ここは、速水の伊豆の別荘。
速水は聖にマヤとの高原での出来事を話していた。
「それでは、マヤ様が、あまりにもお気の毒です。」
と聖は言っていた。
「仕方がない。もし、俺との事がばれてみろ。マスコミの格好の餌食だ。
とにかく、会わない方が彼女の為なんだ。」
速水は自身に言い聞かせるように言った。
「家に帰ったら、見合い写真が山とつまれていたよ。俺にまた見合いしろだと。
試演までは、この手の事でわずらわされたくないと言っておいたがな。」
「それで、どうなさるおつもりです。」
「ああ、そうだな。罠にかかたったふりをして時間を稼ぐという方法もあるがな。」
「それでは、マヤ様がお気の毒です。」
「そうだな、、、。」
「真澄様、こうしてはいかがでしょう。見合い相手の方々がどういう人脈と繋がっているか、執事の朝倉に調べさせるのです。お相手の女性よりそのバックに興味があるからと。そうすれば、人脈を調べてもらっている間、時間が稼げます。」
「なるほど、それはいい考えだな。あれだけの人数、調べるとしたらかなり時間がかかるだろう。
よし、時間稼ぎはそれでいこう。
それと、マヤに紫のバラの花束を届けてくれ。」
速水は、メッセージカードに、
高原の夏はいかがでしたか?
私もこの夏、一生の思い出が出来ました。
アルバムを花屋にお渡しください。
出来る限り修復してみます。
いつもあなたを見ています。
あなたのファンより ☆
と書いた。
幸せそうな笑顔を浮かべてメッセージを綴る速水を、聖は静かに見つめていた。
紫のバラの花束を受け取ったマヤは、胸の中に熱い思いが沸いてくるのがわかった。
(嬉しい、速水さん、紫のバラの人!
ああ、会いたい、、、。
ううん、会えなくてもいい。今はもう、気持ちが繋がっているから。)
マヤは、聖にメッセージを頼んだ。
いつもきれいな紫のバラをありがとうございます。
高原の夏は素晴らしかったです。
私も一生の思い出が出来ました。
あのアルバムですが、今、ネガを集めている所です。
集まったら花屋さんにお預けします。
試演、きっといい演技をします。
どうか楽しみにしていて下さい。
いつかあなたに会えますように!
速水は、いつものように社長室でメッセージを受け取った。
マヤが自分と同じように、あの夏の日を一生の思い出と言ってくれたのが嬉しかった。
こんな些細なやりとりが二人の夢の時間だった。
マヤに取って、あの夏の夜以来、紫のバラは、もう一つ別の意味を持つようになっていた。
アパートの部屋に生けられた紫のバラの花束は、豊かな香りを放ち、否応無くあの日、あの時を思い出させた。
その色と香りが、速水の瞳を、口付けを、滑らかな肌を、重さを、熱い手を思い出させた。
眠っている間も、波のように思い出はやってきた。
目覚めた時の切なさは、想像を絶した。
隣に速水さんがいない。どこにもいない。
涙がこぼれた。
そして、悟った。阿古夜が一新から引き離された時の思いを。
魂の半身と引き離される切なさ。
身を切られるような痛み。
声もなく涙を流しながら布団に座り込んでいるマヤを、麗は唖然として見ていた。
すると、台詞が聞こえた。
「おまえさま・・・
会いたい・・・
わたしの半身・・・!」
「おまえさまと出会うまえ
わたしはどうやって 生きていたのか・・・!?
もう 思い出せぬ・・・!」
麗は、ぞくっとする思いでマヤを見ていた。
今、正にマヤの中から阿古夜が生まれてくる、その瞬間を目撃したのだった。
肌が粟立った。
麗は、パンと手をたたいた。
はっとして、マヤは我にかえった。
そして、
「掴んだ、阿古夜の気持ち、、、。」
と掠れた声で言った。
続く
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