続・狼の夏 第2章 秘めた恋   連載第7回 




 速水は、楽屋にマヤを尋ねた。

 (やっと、マヤに会える。)

 速水は、今までの努力が報われるように思った。
 ノックをすると、マヤの声が聞こえた。

「どうぞ!」

ドアを開けると、マヤが佇んでいた。速水が紫のバラの人として送った紅梅色のドレスを着て。

「マヤ、主演女優獲得、おめでとう。今日の舞台は最高だった。」

「速水さん!」

二人は抱き合い、口付けをかわした。そして、抱き合える幸福を噛みしめた。
速水は、マヤのドレス姿を

「素敵だ、よく似合ってる。」と褒めた。

「本当! 速水さんも、素敵!」とマヤもタキシードを着た速水を恥ずかしそうに褒めた。

上気したほほ、歓びに輝いているマヤは、美しかった。
自身の力で人生を切り開き、成功したマヤ。その自信が彼女を美しくしていた。
速水は言った。

「マヤ、今日、紫のバラの人の正体を皆の前でばらすからな。話を合わせてくれよ。」

「えっ、パーティの席で?」

「ああ、そうだ。そしたら、大手を振って会えるぞ!」

「嬉しい!」

そして、二人はパーティ会場に向かった。


 試演後のパーティは近くのホテルで行われた。
会場には200人程の人々が集まっていた。上座にはステージが設けられていた。
出席者は皆、正装していたが、速水のタキシード姿は居並ぶ俳優達より郡を抜いて目立っていた。
パーティは、全日本演劇協会理事長の挨拶から始まった。
演出家、主演女優、主演俳優の挨拶、そして、速水委員長の乾杯の音頭と共に宴会となった。

速水は、乾杯が終わると中座した。
そして、すぐに戻って来た。
紫のバラの花束をかかえて。

そして、マヤを見つけると、まっすぐにマヤの元へやってきた。
マヤはステージ近くのテーブルで劇団「つきかげ」の面々と祝杯を上げていた。

「やあ、ちびちゃん!」

「速水さん!」

「主演女優獲得、おめでとう! 君の紅天女の為に。君の演技、最高だった。」

そう言って、速水は紫のバラの花束を差し出した。
マヤは、紫のバラを受け取ると

「速水さん、まさか、あなたが、、、、!
 あなたが、紫のバラの人だったんですね!
 紫のバラの人、ありがとう! ありがとうございます!
 今まで、支えてくれて!
 感謝してもしきれません。」

そう言って涙を浮かべた。
居並ぶパーティの列席者達、報道関係者は驚愕した。
記者達が矢継ぎ早に質問した。

「マヤちゃん、紫のバラの人って確かあなたの熱烈なファンでしたよね。
 速水社長だって知ってたの?」

「いいえ、知りませんでした。今、初めて知りました。まさか、まさか、速水社長だったなんて!」

「速水社長、純粋にファンとして応援してきたのですか?」

「確かに、疑われる方もいらっしゃるでしょう。
 日頃の評判が悪いですからね。(場内爆笑)
 僕が、北島のファンである事を隠してきたのは、芸能社の社長が、一女優のファンとなる事など許されないと思っていたからです。
 しかし、僕の義父、速水英介は、紅天女の女優、月影千草の熱烈なファンでした。
 紅天女の為に大都芸能を起こした人間です。
 それを考えると、ファンである事を公にしても問題ないと思いました。
 北島も紅天女の主演女優となり、一人前になりました。
 影からの支えがなくても十分やっていけるでしょう。
 それで、この度、堂々と名乗る事にしたのです。」

そして、速水は、マヤの前に立つと、ゆっくりと跪いた。
それから、ポケットからルビーの指輪を取り出し、マヤの手を取った。

「北島マヤさん、僕と結婚して下さい。」記者達は一斉にフラッシュを焚いた。

「速水さん!」

「結婚してくれますか?」

その時だった。

「ちょっと、待ったー!」

桜小路の声が聞こえた。

「速水社長、マヤちゃんは、僕と付き合うんです。
 マヤちゃん、イルカのペンダント、一緒にしてくれるよね。」

「桜小路君!」

場内は、マヤの答えを聞こうとシーンとなった。

「速水社長、どうぞ、立ってください。お願いです。」

マヤは速水を立たせると、桜小路に向かって

「あの、あの、桜小路君、私と付き合いたいって言ってくれて、ありがとう。
 あたし、ずっと、紫のバラの人に恋をしていたの。
 それは知っているでしょう。
 でも、今日、それが速水さんだってわかって、、、。
 それだけでも、びっくりしているのに、速水さんから結婚を申し込まれて、あたし、まだ、どうしていいかわからない。
 でも、これだけは言える。
 桜小路君、ごめんなさい。
 速水さんのプロポーズ、まだ、お受けするかどうか答えられないけど、真剣に考えてみたい。
 イルカのペンダント、一緒に出来なくてごめんね。」

そして、速水の方を振り返り、

「速水社長、あの、あたし、まだ、結婚なんて考えてなくて、
 でも、でも、紫のバラの人、あたし、ずっと、あなたに恋をしていました。
 ですから、あの、お付き合いしたいと思います。」

「北島マヤさん、今はその言葉だけで十分です。良ければ、一曲踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで!」

そう言って、速水はマヤの手を取って、ダンスフロアの中央に連れ出した。
曲は「ムーン・リバー」。
二人はゆっくりと踊り始めた。
成り行きを見守っていた人々から拍手が沸き起こった。
紅梅色をしたシフォンのドレスを着たマヤと黒のタキシードを着た速水は、よりそうだけで一幅の絵のようだった。

黒沼は、真っ青な顔で立っている桜小路の背中をたたいて、

「ま、酒でも飲んで忘れろ。本公演は頼むぞ。」

と言ったのだった。

周りの役者仲間は、皆、胸の内で

(むごい!)

とつぶやいていた。

速水とマヤは踊りながら話した。

「速水さん、パーティの席で紫のバラの人の正体を明かすって言ってたから合わせたけど、
 まさか、まさか、プロポーズなんて。」

そう言って、マヤは、俯いて顔を赤らめた。

「何故?」

「だって、だって、、、。」

「君は、すぐに、OKの返事をくれると思っていたのに。
 つれないな。」

「そんな!」

「じゃあ、承知してくれ。」

「で、でも、結婚なんて、本当に考えた事なくて・・・。」

「君は、俺と付き合って、それから、いつか別れるつもりか? 魂の半身なのに。
 わたしはおまえ、おまえはわたし。
 これは、一真の台詞だったな。違うか?
 俺たちは二つに別れた一つの魂だ。
 引き離されたら生きていけない。
 この1ヶ月半の間、どれほど、苦しかったか!
 君は苦しくはなかったか?」

「苦しかった。」

「俺もだ、何度、君のアパートを見に行ったか。」

「えっ!」

「知らなかったろう。君が桜小路と一緒に帰ってくるのを見て俺がどんな気持ちだったか!」

「そんな、知らなかった・・・。
 でも、でも、
 だって、大都芸能の速水社長の奥さんですよ。
 そんなのって、そんなのって、考えられない。」

「何故?」

「だって、あたしから演技を取ったら何にも残らない。
 只のみそっかすですよ、社長の奥さんが務まるなんて思えない。
 それに、水城さんが言ってた。
 速水社長は、結果を考えずに行動する人じゃないって!
 このプロポーズにも、何か理由があるんでしょう。
 高原に誘ってくれたのは、私の恋の演技の為だったし。」

「ちびちゃん、どうした、君らしくもない。
 そんなに、いろいろ考えると、知恵熱をだすぞ。」

「あたし、ちびちゃんじゃありません!
 誤摩化さないで!
 このプロポーズ、どんな意味があるのか教えてください。」

速水は、しばら逡巡した。音楽は、「ムーンライトセレナーデ」に変わっていた。
1度、2度、3度とターンをした後、速水は言った。

「言いたくない。」

「やっぱり、意味があるんだ。」

速水はため息をつくと

「君は、いくつだ?」

「21ですけど。」

「俺は、32だ。ひと月もすれば33になる。
 義父がうるさいんだ。結婚しろと言って。
 このままだと、また、馬鹿な見合いをしてしまう事になる。
 特に、今度のお嬢さんは積極的でな。
 俺が、断る理由に紫織さんが忘れられないと言ったら
 それでもいいって言うんだ。
 紫織さんを愛している俺を丸ごと好きになるっていうんだ。
 だから、俺は、急いで結婚しなきゃならない。
 どうだ、これが、理由だ。」

「うそ!」

「うそじゃない。」

「うそよ、それならここでしなくったって、いい筈。
 速水さん、来春の公演の為にプロポーズを利用する気ですね。」

「ちびちゃん!」

「ひ、ひどい!」

マヤは、速水の手をふりほどこうとした。
だが、速水は、離さなかった。

「マヤ、俺を信じろと言わなかったか?」

「言ったけど。」

「確かに、新春公演を成功させる目的もあった。
 君に見抜かれた通り。
 君を傷つけたくなかったから言わなかったんだ。
 それに、見合いの話が来ているのは本当だ。
 君も週刊誌を読んだろう。」

「・・・」
 
「マヤ、君こそどうしてそんなにこだわるんだ?
 この場でプロポーズしたのがそんなに嫌だったのか?」

「速水さん、紫のバラの人、あなたはいつもいつでも、私の芝居の事を考えてくれる。
 お芝居は、役者だけでは成立しない。人が見に来てくれなければ。
 プロポーズという話題があれば、人が集まる。芝居は成功する。
 そして、それは、私の幸せ。」

「いや、違う、マヤ。二人の幸せなんだ。
 そうだろう。俺としても、第一回の公演はぜひ成功させたい。」

「ええ、そう、二人の幸せ。
 でも、二人の幸せとか、私の演技の為なんて考えずにただ、愛してほしい。
 後先考えずに、ただ、愛してほしい。」

「・・・今でも、こんなに、愛しているのに。」

マヤは速水を見上げた。真摯な瞳にぶつかった。

「誰よりも心から深く君を愛している。
 マヤ、結婚しよう。共に、人生を歩こう。」

マヤは、すぐに言葉が出なかったが、なんとか、絞り出した。

「じゃあ、じゃあ、今、ここで、キスしてくれたら。」

「なんだ、そんなこと!」

そういうと速水は、ダンスフロアの真ん中でマヤを抱きしめると熱烈なキスをした。
記者達は一斉にフラッシュを焚いた。
その写真は、インターネットで全世界に配信され、翌日の新聞の芸能欄を賑わし、例の芸能週刊誌にも載った。

後日、マヤはその週刊誌の記事を見ながら、実に満足だった。

(これで、誰も、あたしの真澄さんにちょっかいだせない筈。
 あたしの真澄さんにちょっかいだしたら、承知しないんだから。)

と心の中でつぶやいたのだった。
マヤもまた、速水のキスを利用して速水の見合い相手を蹴散らしたのだった。

マヤの左手の薬指には、紅梅の花のように赤いルビーの指輪が燦然と輝いていた。



終      web拍手      感想・メッセージを管理人に送る


Buck  Index
inserted by FC2 system