続・狼の夏 第2章 秘めた恋 連載第6回
(信じきる!)
マヤは思った。
(速水さん、紫のバラの人。あなたが何をしようと、きっと、私の為、私の演技の為。
愛する事は信じる事。
そう、たとえ、たとえ、たとえ、あなたに新しい縁談が持ち上がっているとしても。)
ここは、白百合荘。マヤは稽古の帰り、駅の売店で速水の記事を見つけた。
買って帰ったその週刊誌をマヤは泣きながら読んだ。
「実業界の若きプリンス、大都芸能社長、速水真澄氏の次のお相手!」
そんなタイトルで扇情的な記事が書かれてた。
「消息筋によると、先日、鷹宮紫織さんと婚約を解消した速水真澄氏の次のお相手は、宮家にも通じる旧財閥系の家柄のお嬢様になるという噂である。すでに人を通じて速水家に打診を入れているらしい。(略)」
速水の写真とお相手の女性の写真が小さく並んで載っていた。
マヤは発作的にその女性の顔写真をボールペンでぐちゃぐちゃにした。
そして、顔を上げた。窓ガラスに夜叉のような顔をした自分が写っていた。
マヤははっとした。
これが、嫉妬の表情。そして、恋の狂気。
月影先生の声が聞こえた。
(あなたの目には恋の狂気がないわ。
マヤ 本物の恋をなさい。
それができてからもう一度あなたの八百屋お七をみたいものだわ。)
マヤは、激しい嫉妬をその激情のまま、芸のこやしにした。
興奮が納まると、マヤは阿古夜を思った。
(一真が斧を持って阿古夜を伐りに来た時、それでも一真の愛を信じたかしら、、、?
もちろん、信じたんだ。だって、二人は魂の半身。
阿古夜は信じた。たとえ、斧で斬り殺されようと一真の愛を信じた。
だけど、一真は迷う、、、。
その、迷いを断ち切り一真に使命を思い出させ、斧を振り下ろさせる、阿古夜。
樹を切って、天女像を彫らなければ戦は終わらない。
戦が終わらなければ、姫神様は人を滅ぼしてしまう。
そしたら、一真も死んでしまう。
一真を守る為、阿古夜は自らの命を差し出すんだ。
それが、阿古夜の愛。)
(掴んだ。最後の対決。)マヤはそう思った。
その時、携帯が鳴った。
速水からだった。よほどの緊急事態なんだとマヤは思った。
「速水さん!」
「マヤ、元気か?」
「ええ、速水さんは?」
「相変わらずだ、、、。
マヤ、もし、週刊○○の記事を読む事があっても、無視していいからな。」
「もう、読みました! 本当に縁談の話が来てるんですか?」
「・・・、ああ、向うのお嬢さんがやり手でな。
他の見合い相手を牽制する為に情報を記者に流したらしい。
そういう理由だから、気にしなくていいからな。」
「大丈夫です。あたし、信じてますから。速水さん、信じろって言ったでしょ。
それに・・・
恋に狂った女の、嫉妬の表情を掴む事ができました!
いい演技のこやしになりました!」
マヤは思わず怒鳴っていた。
「(電話の向うで爆笑する声が聞こえた)マヤ、君は素敵だ! 最高だよ。
試演まで、後、少しだ。がんばるんだぞ、俺もがんばるからな!」
「待って、待って、速水さん!
あたし、あたし、速水さんに話したい事、たくさんある。」
「・・・マヤ、話すと辛いんだ・・・会いたくて・・・」
「速水さん!」
「マヤ、そういうわけだ、切るぞ!」
そういって、速水は携帯を切った。
マヤは、切なさで胸が一杯になった。
膝を抱え、そして泣いた。
「・・・後、少し・・・後、少し・・・」とつぶやきながら。
試演まで、後、1週間だった。
汐留駅の跡地でリハーサルは関係者以外立ち入り禁止で行われた。
そしてリハーサルを見た黒沼は、「まあ、いいだろう。」と言った。
黒沼の最高の褒め言葉だった。
10月10日、試演の日がやってきた。
そして、二組の芝居が、上演され終わった。
記者達は次々と出てくる観客にコメントを求めた。
若者A
「紅天女、凄かった〜! 特に、黒沼組!
最初の女神が出てくる所、おおおおおおって地からの叫び声みたいでさ。
それに、阿古夜がかわいそうでさ。俺、大人になってから泣いた事なんて無いのに、
気がついたら泣いてた。」
中年女性B
「私も、びっくりしました。最初の女神の出現の所、圧巻でした。
私、神様なんて信じた事なかったけど、なんだか、本当に女神様がいるような気がしてきたの。
それに、見ている間、もう、目が離せなくて。すごかったです。
小野寺組ですか? ああ、姫川亜弓がきれいでしたよ。」
OL風女性C
「もう、一真と阿古夜の恋がすっごく良かった。引き離された所がかわいそうで、涙がでた。
最後の所もかわいそうだった〜。
本物の女神が舞台に現れたんですよ。すごかったですよ。
姫川亜弓もきれいだったんですけどね、、、。」
その日のうちに、投票が行われた。そして、開票。
一般投票は、小野寺組を抑えて、黒沼組の圧倒的な勝利だった。
それから審査員の投票が行われた。
結果は、黒沼組の勝ちだった。審査員達も黒沼組を選んだのである。
受賞理由は、「尾崎一連の魂をより理解し表現した舞台」だった。
演技的には姫川亜弓が数段優れていたにも関わらず、北島マヤが主演女優を勝ち取ったのもこの理由による物だった。
月影千草の死後、上演権は北島マヤに譲渡される事となった。
さらに、関係者一同を驚愕させる発表があった。
紅天女上演委員会の設置だった。
上演権は主演女優に、そして上演の管理は紅天女上演委員会が掌握する事となった。
そして委員長には、大都芸能の速水社長が就任すると発表されたのだ。
場内は騒然となった。
上演権と上演委員会を設置する事で、例えば、上演権を持つ女優を脅して上演を承知させても上演委員会が許可しなければ、上演されない。管理委員会を設置する事で上演権を持つ女優を保護できるようになったのである。
ここで、月影千草のコメントを引用しよう。
「速水氏は、ご自身『紅天女』の台本をよく読み解き、尾崎一連の魂を深く理解している事を私自身が確認しました。
私が若い時に演じた時と今は時代が違います。上演権は一人の女優がもつには荷が重すぎます。
私と紅天女上演委員会は『紅天女』の上演に関する細かい規則を取り決め文書化致しました。
今後はその規則にのっとって紅天女上演委員会により上演されるでしょう。
これは、尾崎一連の遺志が心ない人々によって踏みにじられる事のないようにする為の処置です。
来年新春に行われる本公演は、紅天女上演委員会指定の劇場『月光座』にて行われ、その収益の一部は福祉事業に寄付されるものとします。
皆様、どうぞこれからも『紅天女』を盛りたてていって下さい。」
そういって、月影千草は壇上をおりた。
速水英介は、歯噛みして悔しがったが、後の祭りだった。
月影千草から上演権をまんまと取り上げていた速水は、上演権を盾に上演委員会の設置を千草に承知させ、自身を委員長に指名させたのである。
千草に取っても、英介に復讐するいい機会だった。
「『紅天女』の上演は月光座で」
それが、月影千草が速水に出した条件だった。
速水は看板を架け替える事を提案、千草は承知した。
千草は紅天女が上演される場合のみ大都劇場が月光座となる事で長年の遺恨が晴れるように感じていた。
少なくともこれで、尾崎一連を死に追いやった男に一矢報いる事ができたのだ。
新春公演は、大都劇場の看板を「月光座」にかけかえて上演する運びとなった。
また、姫川亜弓の演技を試演の一度とするのは、あまりに惜しいという事で、新春公演1月は黒沼組、2月は小野寺組が公演する事となった。今回限りの処置だった。
そして、受賞後のパーティの席では、更に、関係者を驚愕させる出来事が待ち受けていた。
続く
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