星空に抱く    連載第2回 




 「『紅天女』? 亜弓さんに何かあったの?」

俺はマヤの反応にくすりと笑った。

「いや、亜弓君は元気だ。上演の許可を取ったよ、亜弓君から。主役は君だ!」

「え! 本当! 速水さん! 私が演っていいの?」

マヤが抱きついて来た。笑いが込み上げる。

「ははは、ああ、もちろんだとも!」

俺はマヤを抱きしめた。

「亜弓さんは?」

「亜弓君も君の『紅天女』が見たいと言っていたよ」

マヤはなんとなく釈然としない顔をした。

「うん、どうした? 自信がないのか?」

「は、速水さんって、ホッント意地悪だよね! 自信とか、そう言うんじゃなくて! 亜弓さんは『紅天女』を演じられるのは自分だけって所に拘ってた。『紅天女』を演じられたら親の七光りから抜け出せるって……」

「亜弓君がそんな事を……。だったら、抜け出せたのを実感したんだろう、アメリカで……。あそこは実力主義の世界だからな。亜弓君はわかっているのさ、黒沼龍三演出の舞台は自分ではなく北島マヤでないとだめだと……」

「そうなのかな、それならいいんだけど……」

俺はリビングのソファに腰を降ろした。マヤを膝に抱き上げる。

「……それより、俺達の結婚式だが」

「う、それはまだ先の話だし……」

「先? 『紅天女』よりずっと前だぞ。 どんな式にする? やっぱり教会だな。俺はは花嫁衣装を着たマヤが見たくてたまらんぞ」

マヤが顔を真っ赤にした。俯いて小さな声で囁く。

「もう、もう……、速水さんの、ばか!」

俺はマヤの様子にくっくっくと笑いながら、マヤを抱きしめた。髪に唇を押し付ける。

「君は、何か……、こう夢はないのか? 結婚に?」

「速水さん、あたし、今でも幸せなの。う〜ん、結婚の夢って言われても……」

「そう言えば、スカーレット・オハラは、舞台の中で結婚するな」

「ええ、3人と……。最初は戦争に行く若い人と、メラニーと結婚するアシュレへの当てつけに、次は戦後タラを守る為にお金持ちの老人と、最後にレット・バトラーとお金の為に」

「つまり、最後まで好きな人と結婚するわくわく感は必要ないわけか……」

「それって?」

「ああ、もし、俺との結婚の準備が芝居に役立つならと思ったんだがな」

マヤは俯くとしばらく考えていた。

「あのね、速水さん……。あたし、一つだけお願いがあるの」

「なんだ? なんでも言ってみろ。叶えてやるぞ!」

俺は意気込んだ。愛する人の望みを叶える。男冥利につきるというものだ。

「あのね、あの、披露宴なんだけど、おいしいお料理にしたい。引き出物も一人一人がほしがるような、来た人みんなに喜んで貰えるような……」

「なんだ、そんな事か、俺に任せてくれ。他には?」

「う〜んっと……」

「ここのインテリアは? 俺の一人暮らし用に揃えたからな、良ければ、君好みに変えるぞ」

「あたし、よくわからない」

「じゃあ、そうだな、新婚旅行はどうする?」

「旅行? 今なら、アメリカに行ってみたい。スカーレットのタラに行ってみたい。何故、あんなにタラに拘ったのか、見てみたい」

「……そうじゃなくて、俺と二人で遊びに行く所だ」

「……速水さんこそ、どこか行きたい所はないんですか?」

「俺か? そうだな?」

俺も二人で遊びに行く事を考えて見た。マヤといけるなら、どこでもいいんだ。マヤと二人なら……。マヤも同じ気持ちなんだろう。結局俺達は似た者同士。だが、これでは……。

「じゃあ、こうしよう、俺も君も決められない。だから、俺達をよく知っている人間にまかせよう」

「それって……」

「そうだな、俺の方は水城君がいいだろう。君の方は、青木君かな」

水城君のうんざりした顔がちらっと浮かんだが、業務命令で押し通す事にした。

「速水さん、それいい! すごくいい! でも、麗一人じゃ大変だから、さやかも一緒に……」

俺達は人選をすますと、ベッドに潜り込んだ。


 結局、俺はインテリアデザイナーに会った。インテリアを変えてもらう為だ。男の一人暮らしから新婚風にかえてくれと頼んだ。インテリアデザイナーは、真っ先にベッドはどう致しましょうと言ったが、あれは俺の恋人が気に入っているからそのままでいいと言うと、では全体をロココ調に致しましょうかと言うので、いや、シンプルでアットホームな感じにと釘をさした。ロココ調はベッドだけで十分だ。

 次に俺はウェディングプランナーと面会、水城君と青木麗、水無月さやかを引き合わせた。ウェディングプランナーは「あの、どなたが花嫁さんでしょう?」と聞いてきた。そりゃあ、そうだろう。一体、どこの世界に自分の結婚式を友人や秘書にまかせる人間がいる。取り敢えず、ウェディングドレスの件があるのでマヤを呼び出し、採寸させた。だが、青木麗や水無月さやかは楽しそうで、マヤが全部まかせるというと多いに喜んだ。

 問題をややこしくしたのは、義父だった。
義父はマヤをすでに娘のように思っていたらしく、休みの日にマヤを呼び出すと速水邸に招いた。マヤの目の前で出入りの呉服屋に、いわゆる嫁入り道具一式を揃えさせた。マヤはとうとう、泣き出してしまった。

「こんなに……、、、、よくして、、貰ったら、あたし、、あたし、ご恩返しが出来ません」

涙を流しながら切れ切れに言う。

「マヤさん、うちの朴念仁の嫁になってくれるだけで、十分、恩返しですじゃ。これは、儂の気持ちじゃからの。受け取ってくださらんかの」

マヤは涙を拭きながら、では、お言葉に甘えてと、嬉しそうに受け取った。
俺は義父がマヤに良くするのは、何か魂胆があるのではと思っていたが、案の定、言い出した。速水邸に住むようにと……。マヤが、俺の方を困ったように見た。俺は助け舟をだそうと思ったが、見事にマヤが切り返していた。

「あの、おじさん、あたし、あたし、速水さんと一緒にいたいんです。速水さんがこちらのお屋敷に戻るならあたしも一緒に……」

その答えにおやじも諦めたようだ。が、後で俺に言って来た。

「結婚するまで別々に住んだ方がいいぞ、初夜が新鮮になる」

俺は赤面しそうになるのを、ぐっとこらえると、

「ご忠告感謝します」

と答えた。このエロおやじ! あんたの意見なんか聞いてないんだよ。まあったく!!!


結婚前の雑事に追われながら、マヤの舞台「風と共に去りぬ」は幕を開けた。俺はマヤに紫のバラの花スタンドを贈った。俺とマヤとの婚約は公になっていたので、紫のバラはロビー中央に飾られた。舞台が終わりアンコールになると、観客は一斉にマヤコールをする。同時に「婚約おめでとう」の声がかかった。マヤは人々に手を振って応える。堂にいったものだ。

結婚式の準備は着々と進んでいた。マヤは親父の手前もあるのか、結婚まではと言ってマンションの自分の部屋、1LDKの部屋に戻った。独り寝は寂しい。ある日マンションに戻ると、エントランスの前に誰かいる。俺を見ると嬉しそうに走りよってきた。着物姿の女。いや、ただの着物ではない。舞妓姿だ。

「真澄はん、うち、来ましたえ」

「は? 誰だ、君は?」

「祇園の豆ちほどす。忘れはったんどすか? ひどい、真澄はん、会いたかった〜、結婚するってほんまどすか? うち、真澄はんに惚れてますのに〜」

豆ちほが抱きついて来た。





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