星空に抱く    連載第5回 




 それから、数日後、俺はプレハブメーカーのCMの打ち合わせ会議に顔を出した。
会議はあらかた終わった所だ。スポンサーサイドの担当者、杉浦課長は俺の顔を見ると会釈をした。

「お久しぶりです。藤村さん、いえ、速水さんが大都芸能の社長に復帰されたと聞き、うちの上司が、ぜひ、大都芸能を使うよう申しまして……、速水さんに恩返しが出来ると喜んでいました」

「いえ、こちらこそ事業部長さんには大変お世話になり感謝していますとお伝え下さい」

スタッフ達は俺が杉浦課長と話し始めると挨拶をして会議室を出て行った。俺は杉浦課長としばらく雑談をした。そこに、水城君がやって来た。

「社長、お連れしました」

「ああ、入れてくれ」

水城君にともなわれて、豆ちほが姿を現した。

「豆ちほ!」

「杉浦はん!」

「豆ちほ、懐かしいだろう」

「へえ、まさか、ここでお会い出来るとは……」

「杉浦課長、豆ちほは、西京デパートの京都展の助っ人に来てたんだ。もうそろそろ、京都に帰るんじゃないか?」

「へえ、京都展は今日までどす。明日一日お休みいただいて、明後日帰るんどす」

「というわけだ。杉浦課長、この後、予定が無ければ彼女につきあって貰えんか?」

「しかし……」

「君の所は9時5時だろう、すでに6時半だ。直帰しても構わんだろう」

杉浦課長は眼鏡の奥で困惑した表情を浮かべている。

「豆ちほは僕より、速水社長の方がいいでしょう。彼女好みの金持ちだ」

「ま、いややわ、そないに思うてましたん、うち……」

豆ちほの営業用の笑顔の下からかすかに本音が垣間見える。

「君はあの夜、藤村、いや速水社長とその……、関係を持ったんだろう。舞妓が男に抱かれるっていうのは本人にその気が無ければ無理だって事ぐらい知ってる」

「杉浦課長、それは誤解だ。俺には長年の想い人がいてな。今は俺の婚約者になっている。あの夜も豆ちほに誘われたが断った。それに、豆ちほは最初から俺と寝る気はなかったんだ。ただ、君の所の事業部長に言い含められて俺の側についていただけさ。豆ちほは東京に転勤になった君に一目会いたくて来たんだ。俺の所に来たのは、今度のCMの話をどこかで聞いたからだろう。もしかしたら、あんたの消息が聞けるかもしれないと思ってな」

「速水はん、どうしてそれを……?」

「あのな、豆ちほ。どう考えても、お前の言動はおかしかったんだよ。そこにCMの企画だ。おかしいなと思っていたら、思い出したんだ。杉浦課長、じゃんけんに強いあんたが、豆ちほにだけは負けていただろう。豆ちほに罰ゲームをさせたくなかったんだろう」

「杉浦はん……」

豆ちほはびっくりした顔をして、杉浦を振り返った。花簪が大きく揺れる。

「どういう事情かしらんが、惚れ合ってるならきちんと告白した方がいいぞ! 俺は経験者だからわかるんだがな。下手にあきらめようとすると結局痛い目にあう……。ここの会議室はしばらく誰も使わん。帰る時は、そこの内線から俺の秘書まで電話してくれ。ああ、それと、豆ちほ、親父への紹介はキャンセルでいいな」

豆ちほが黙ってうなづく。俺は二人を残して会議室を出ようとした。

「待って下さい。速水社長……」

杉浦課長の声に俺は振り向いた。彼が真摯な目で俺を見ている。

「……あの、ありがとうございました」

杉浦課長は俺に深々と頭を下げた。俺は黙って会議室を出た。



その夜、俺はマヤにこの話をした。

「……というわけだ、マヤ。だから、おそらく、唇は奪われていないと思う」

隣に座ったマヤは吹き出した。

「何がおかしい」

「だって、速水さんが!、速水さんが!、あの冷血漢で朴念仁の速水さんが、恋のキューピッドなんて!!!!」

きゃっきゃっと笑うマヤの肩を俺は自分の肩でつっついた。

「そんなにおかしいか?」

笑いを納めたマヤはまじまじと俺を見た。

「気にしてたんですか? 唇を奪われたかもしれないって……」

「ああ、もちろんだ。決まってるじゃないか!」

マヤが俺の唇にそっとキスしてくれた。柔らかい。

「……、信じてますよ、気持ちはいつもあたしにあるって……」

「マヤ……」

俺は口付けを返した。マヤを抱き上げ膝に乗せる。

「俺達の間には、どんなお邪魔虫も入り込めないさ……」

俺達はより深く互いに相手を求めた。





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