星空に抱く    連載第8回 




 翌日、俺は会社で水城君を冷やかした。

「水城君、昨日はどうして脱がなかったんだ。もしやと思って楽しみにしていたのに!」

「社長! この私が脱ぐ訳がありませんでしょう。それに……、スーツ姿の方がそそられたのでは?」

う、この秘書には負ける!

「……黒沼龍三の演出には頭が下がります。社長のバチェラーパーティをするから手伝ってほしいと言われまして、最初……、ただ、舞台の上を歩いてくれと……。何度も同じ歩き方になるように稽古をさせられたんです。それから、ダンサー達と一緒になっても同じ歩き方になるように言われまして……。なんとか、OKがでました」

「ふむ、お遊びにもそこまで力をいれるのか? 黒沼さんの才能をこんな形で再認識するとは思わなかったよ」

「……ええ、ところで、社長、休暇中の仕事の段取りですが……」

俺は新婚旅行中の仕事の打ち合わせをした。新婚旅行は何かあった時を考えて沖縄にしたが、それでも、緊急事態はいつ発生するかわからない。俺は休みに備え前倒しで出来る仕事は出来るだけやっておく事にした。いくつかの会議がこなし、決済書類に目を通していると既に一日が暮れていた。さて、仕事も終わろうかという午後5時。電話が鳴った。

「速水か? 俺だ、神谷だ!」

「神谷! 帰って来たのか? てっきり無理だと思っていた!」

大学時代の友人、神谷恭一。卒業してアメリカに居を移していた。結婚式の招待状を送ったものの、帰って来られるとは思っていなかった。俺は銀座で神谷と待ち合わせた。久しぶりに見た神谷を見て俺は驚いた。髪が短い。最後に会った時、アメリカに行く神谷を俺は見送ったが、その時も長髪だった。一見ミュージシャンに見える容姿だったのが、いつのまにか、商社マンに変身していた。銀座で食事をし、居酒屋で飲み直し、大学時代の話に花を咲かせた。結婚式は明後日だ。義父から結婚式くらい実家から行けと言われていたので明日は実家に戻らなければならない。俺は嫁入り前の娘かと思ったが、珍しい義父の願いだったので聞く事にした。だが、今日まではマンションの一人暮らしを満喫出来る。俺は神谷を伴うとマンションの俺の部屋に向った。成田からその足で来てくれた神谷に俺は、泊まっていけと言っていた。俺が部屋に入ると灯りがついている。マヤだ。マヤがソファで寝ていた。結婚式まで会わない予定だったと思ったが違ったのか? 俺はマヤを起そうとしたが、神谷が

「疲れているんだろう、寝させておけよ」

と言うので、マヤをそのままにして、俺は神谷を和室に案内した。互いにラフな服装に着替えキッチンで飲み直す。ごちゃごちゃと話しているうちに神谷がふと言った。

「おまえが、まさか、ああ言うタイプを好きになるとは思わなかったよ。てっきり年上だと思っていた」

「そうか?」

「ああ、大学時代、おまえが惚れた女はみんな年上だったじゃないか。後はお遊びだっただろう」

「ははは、そうだったかな」

「何を言ってる、薫さんだろう、それから、厩舎の未亡人」

「薫さんには、今でも時々会うよ。クラブ『マスカレード』は健在だ」(注釈:クラブ「マスカレード」のママ、薫の話は拙ガラパロ『仮面をあなたに』を参照して下さい)

「おまえこそ、独身なのか? 京子ちゃんはどうした?」

「しばらく文通が続いていたんだけどな。やっぱり遠距離恋愛は無理だったよ。おい……」

神谷が声をひそめた。思わず、耳を寄せる。

「……薫さんとは、まだ、寝てるのか?」

「冗談! 何を言い出すかと思ったら、最後に関係を持ったのは……、随分前だったな」(注釈:この物語の速水さんの年齢は33歳です。)

「いいよな、おまえって、あんな美人とやれてさ」

「おまえだって、モテたじゃないか」

「薫さんは別格さ! 今でもあんな美人にはお目にかかれないね。その上頭がいいし……」

「そうだな、あれほどの女はいないな」

その時、後ろで気配がした。マヤが真っ青な顔で立っている。

「速水さん、あたし、あたし、あなたと結婚出来ない」

マヤは泣き出した。
俺は一瞬絶句した。一体、いつから俺達の話を聞いていた? 俺の昔の話を聞いて結婚出来ないっていうのか? いや、違う。なんだか様子がおかしい。

「マヤ、どうした? 落ち着いて話してご覧?」

「神谷、すまん、ちょっと、外してくれ」

「あ! ああ……」

神谷がキッチンから出るのを待って、俺はマヤを抱きしめた。背中を撫でてやる。

「……あたし、あたし……、なくしたの……、あの、あの、指輪を……」

「婚約指輪か?」

「……、速水さんの、はやみさんのおかあさんの……かたみなのに……、え、え、え……」

泣いているマヤをあやしながら、聞いた。

「マヤ、ゆっくり思い出してご覧。最後に見たのは?」

「今日、速水さんに会えないから、指輪を……、取り出して見てたの。あれは、エステから帰ってきて……、夕方だった……。それから、宅配が来た。源造さんが、月影先生の……、『紅天女』の衣装とか、小道具を送ってくれて……、結婚祝いにって……、それで、あっと思って、指輪をしまわなきゃって思って、金庫の前に行ったの、そしたら、無いの、う、ひっく、ううう、ないのーーー!!!」

マヤが盛大に泣き出した。

「わかった。俺が探すから……! それに、指輪は形だ。指輪が無くなっても俺の気持ちは変わらない。だから、気にするな」

「……」マヤがすすり泣きながらうなづく。

「……マヤ、指輪一つで結婚出来ないなんて言わないでくれ、君がいないと俺は……、生きて行けない」

「はやみさん……」

泣きはらした目で、マヤが俺を見上げた。

「それに……、俺は君に重い物を渡したかもしれないな」

「重い物?」

「ああ、母の形見なんて……貰ったら重いよな、すまない、気がつかなかった」

「ううん、そんな事……」

「さ、マヤ、一緒に探してみよう」

泣き止んだマヤと一緒に俺はマヤの部屋に降りて行こうとした。その前にマヤと神谷を引き合わせる。

「神谷です、俺、大変な時に来てしまって……、あ、この度はおめでとうございます」

「ありがとうございます。……あたしいつもドジばかりで……、どうぞ、宜しく」

「神谷、俺、マヤの部屋に行ってくるから、先に休んでてくれ、じゃあな」

俺は神谷を残して、マヤの部屋に行った。ドアを開け、リビングに入って俺はうっと思った。足の踏み場がないとはこの事だ。一体、どうやったらここまで散らかせるんだ。

「マヤ、まず、部屋を片付けよう、な」

リビングには何も置いてない筈なのにこれはどうだ。一体、源造さんはどれだけの荷物を送ってきたんだ? 俺は取り敢えず源造さんが送ってきた品物をまとめて元通りダンボールにしまった。これでリビングはダンボールだけになった。次にマヤのクローゼットに行く。クローゼットの奥に金庫がある。見た目は衣装ケースだが、実は金庫である。金庫の扉が開けっ放しになっている。金庫の前には指輪が入っていた箱。中は空だ。

「マヤ、ここで指輪を見てたのか?」

「うん……」

俺はマヤにもう一度、覚えている限り同じ行動をさせた。マヤは確かに金庫の前に指輪を置いて急いで玄関に出たのだと言う。
俺はマヤが探した所をもう一度探し、それから、ふと、キッチンにかかっているエプロンを見た。エプロンにはポケットがついている。マヤが何かと癖のようにポケットに入れるのを何度か見ている。まさかな、第一、マヤだって真っ先に探しただろう。イヤ、しかし、マヤだからな。俺は半信半疑でエプロンを取り上げポケットを探った。右のポケットにそれはあった。母の形見の指輪。

「マヤ、左手を出せ」

「へっ?」

いぶかるマヤの左手に俺はもう一度、指輪をしてやった。

「どこにあったの」

「エプロンのポケット」

「えっ!、えっ!、どうして? どうして、そんな所にあるの」

「無意識に君は指輪をポケットに入れたんだよ、ああ、もうホントに君は……」

ぽかんとしているマヤを俺は思いっきり抱きしめた。

「えへへ、速水さん、心配させてごめんなさい」

「明日、無くしてもいい指輪を一杯買いに行こう。君にはその方が向いてる。な、そうしよう」

「うん、それでね、速水さん……」

「……なんだ?」

「薫さんって、誰?」

俺は一瞬にして凍りついた。





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