星空に抱く 連載第9回
知られたくない情報を知られたくない相手に知られたかもしれないと思った時、相手がどこまで知っているか正確に知る必要があるだろう。
「マヤ、俺達の話を聞いてたのか?」
「神谷さんが、『薫さんは別格』って言ってたけど、あたし、速水さんから薫さんって女の人の話、聞いた事なかったし……、女優さんでそんな名前の人、知らないし、速水さんが『あれほどの女はいない』っていうから……それで……」
俺はほっとした。では、彼女が聞きたい真実を。
「薫さんは、時々接待で使う銀座のママさんなんだ。知り合ったのは俺が二十歳の頃でね。それで、神谷も知ってるんだ。美人で頭が良くて、それでいて、頭の良さを感じさせないんだ。いい人だよ」
「……速水さんは、そんなきれいな女の人を知っているのに、どうして、あたしを選んだんです?」
マヤが俯いて悲しそうな顔をしている。時々、俺はわからなくなる。何がそんなに彼女を不安にさせるのだろう。俺の愛は今までもこれからもマヤ一人の物なのに。何故、彼女は不安に思うのだろう。
「好きだから」
マヤがはっとしたように顔を上げた。頬がぽっと赤くなる。
「どんな美人を見ても、どんなに素晴らしい女性に会っても君以外の女を愛した事はない。それだけだ。何故、いつも不安になるんだ」
「だって、だって、あたしはちっとも美人じゃないし、頭もよくないし、芝居以外なんにも出来ないし……」
「その一つだけ出来る芝居が、誰よりも優れているじゃないか。何故、いつまでも自信が持てない?」
「だって……、だって、地味なんだもん、あたしの顔、背は低いし、速水さんと並んだってちっとも釣り合わないし……」
俺はため息をついた。一体、どうやったら彼女に、この天才女優に私生活での自信を与えられるんだ。或は、俺自身の存在が彼女に劣等感を与えているのだろうか?
「マヤ、ビデオカメラがあったな」
俺はマヤからビデオカメラを借り録画できるようにセットした。
「マヤ、普通に歩いてみろ。演技をせずに北島マヤのまま!」
マヤが怪訝な顔をしながらリビングを歩いた。リビングはダンボールで占拠されているが、その間を縫うように歩く。
「じゃあ、次にキッチンでコップを取って、皿を出す。もう一度しまって……」
俺はマヤに幾つかの動作をさせ、それをビデオに取った。
「マヤ、見てご覧」
俺は今撮ったビデオをマヤに見せた。
「わかるか?」
「ううん、ちっともわからない」
「君は動作が綺麗なんだ」
「え?」
「動きがきれいなんだよ。もう一度見てみろ」
マヤが食い入るように画面を見る。
「どうだ、わかったか? 顔の美醜は整形でもしなければ変えられない。だが、体の動きは違う。君が演技やダンスで会得した動きは自然に普段の生活に出るんだ。美人でも猫背で歩き方のひどい女はたくさんいる。それに、どんな美人でも暗い表情をしていたらちっとも美人に見えないぞ。美人でなくても良い表情は出来る。要は気の持ち用さ」
「速水さん……、速水さん、ずっと知ってたの」
「ああ、俺はずっと君を見て来たからな。それに、君は綺麗な体をしている。今、君がここで裸になるなら、一つ一つ教えてやってもいい」
マヤはトマトのように顔を赤くすると、手を大げさにふった。
「それは……、あの、えーっと、遠慮しときます」
「遠慮しなくていいぞ」
俺はマヤの手を取った。マヤを抱き寄せワンピースのファスナーを降ろす。
「あ、だめ、速水さん、結婚まではしないって約束したじゃない」
「しないさ、ただ君を脱がすだけさ……」
「あ、や、やだって!」
俺はマヤのブラホックに手をかけ外す。俺はあっという間にマヤを裸にしていた。裸にしたまま、リビングの鏡の前にたたせた。マヤが胸を抑え、横を向いて震えている。俺はマヤの髪をまとめて背中に流した。首のラインが露になる。
「マヤ、いいから、見ろ、君の裸だ」
マヤが渋々、鏡を見る。
「君は肌がすごく肌理細かいんだ。きれいな肌をしている。ちゃんと立って前を向いてご覧。手をどけて、胸を張ってみろ。ほら、胸の形もきれいだ。首から肩の線。ウエスト。どこも美しい曲線をしている」
マヤが鏡の中の自分を見始めた。自分の体を点検するように眺めている。隣に立っている俺は目に入っていないようだ。
「君からは見えないが、背中からヒップへのラインもすごくきれいなんだぞ。日本人は扁平のヒップが多いが君は違う。太腿もしまっていて、よく鍛えられている」
「……」
俺はマヤの邪魔にならないようにそっと側を離れた。マヤの裸。マヤが鏡の前でポーズを取る。その度に揺れる乳房。優しくたわむ背中。
「どうだ、わかったか、これからは二度とあたしは美人じゃないなんて言うんじゃないぞ。いいな!」
「速水さん……!」
「さ、今日はもう遅い。寝なさい。……手荒に扱って悪かったな。ほら」
俺はワンピースをマヤに放った。マヤはワンピースを受け取ったが急に恥ずかしくなったのだろう、寝室に走り込んだ。俺は寝室の扉越しにマヤに話しかけた。
「じゃあ、俺は上の部屋に戻るよ。明日、ランチを一緒に食べよう。それから、宝飾店に行っていくつか指輪を買おう。じゃあ、おやすみ」
俺は上の部屋へ戻ろうとした。時刻は既に12時を回っている。俺が玄関に立っているとマヤが走って出て来た。ガウンを着ている。
「速水さん、ありがとう!」
マヤが背中から抱きしめてくれた。ああ、もう、このまま、泊まって行きたい。彼女の裸を見たのでよけいそそられた。だけど、明後日が結婚式だし、うーん。ああ、もう、ちょっとだけ。
俺は振り向いてマヤを抱き寄せると深く口付けした。彼女の柔らかな唇。唇を割ってするりと舌を差し込む。可愛らしい舌が俺を迎えてくれた。暖かい。マヤ、愛している。
続く
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