星空に恋う    連載第2回 




 マヤのマンションは1LDKだ。
マヤはリビングには何も置いていない。あるのは唯一鏡だけだ。夜中、急に稽古がしたくなった時の為にあけてあるのだと言う。寝室にあるのは当然シングルベッドで、二人で寝るには狭すぎた。それでも最初は一緒に抱き合って寝ていたのだが、夜中にベッドから転げ落ちるにいたって、俺は床で寝るようになった。
が、床で寝たら寝たでマヤのシングルベッドと部屋の入り口の間に寝る事になり、マヤが夜中に起きてトイレに行こうとすると俺の足が邪魔になる。
そうなのだ。マヤの部屋は微妙にマヤ仕様なのだ。俺には狭く小さい。
さすがに鴨居に頭をぶつける事はないが、タンスに足の小指をぶつけた。これは痛かった。
風呂には膝をおってようやく入れる大きさだ。その為、ほとんどシャワーで済ませている。
或る日、マヤの部屋に帰るとマヤが通販で空気ベッドを買ってくれていた。

「だって、いくら畳の上にカーペットを引いた洋室だからって、座布団を布団がわりにしたからって、いつもいつも床で寝させるわけに行かないじゃないですか」

何もなかった居間に俺の空気ベッドが置かれている。なんとなく面映い。

「マヤ、その空気ベッドは返しなさい。通販なんだからクーリングオフがきくだろう」

「え! じゃあ、どうするんですか?」

「水城君にマンションを借りるよう手配させていたんだが、ようやく借りれてね、ここのペントハウスだ。広いぞ。ルーフテラスもある。明日から住める筈だ」

「速水さん!」

俺とマヤは、翌日、俺が借りた部屋を見に行った。
インテリアデザイナーにまかせておいたので、総て揃っている。まるで住宅展示場のようだ。
マヤははしゃいだ。

「きゃー、素敵! 素敵!」

マヤは居間のソファに座ったり、キッチンの扉を開けてみたりと忙しい。
が、寝室の扉は、開けてすぐに閉めた。

「どうした? 気に入らないのか?」

「速水さん、これ、速水さんの趣味ですか?」

俺はわからなかった。マヤが何を言っているのか。

「何の話だ?」

俺も寝室のドアを開けた。思わず絶句した。あのインテリアデザイナーは何を考えているんだ!!!!
部屋の中にはキングサイズのベッドが一つあるだけだった。俺は普通のベッドを注文した筈だった。普通のだ。それが、何故!

ロココ調の天蓋付きベッド!

俺はマリー・アントワネットか!
確かに俺は注文した。ベッドは大きくしてくれと。インテリアデザイナーは俺の身長をちらりと見て、大きい方がいいですねと言って帰って行った。それが何故、ロココ調なんだ。
それに一体、どうやって部屋に入れたんだ? こんなに大きなベッドを! 謎だ。
俺はインテリアデザイナーに電話をいれた。
ロココ調の天涯付きベッドがあるというと、

「申し訳ございません、当方の手違いで間違った商品をお届け致しました。
 お客様の身長に合うベッドが輸入物しかなかったので、その為、品番の入力ミスが起きたようです。
 後日、えー、すぐに、取り返させていただきます」

後日というのはいつだというと、商品が入荷次第で、一ヶ月先になるという。

「予定していたベッドのデザインは?」

と念の為に俺が聞くと、シンプルなキングサイズのベッドでもちろん天蓋はないという返事だった。
俺が電話をしているとマヤが俺の肘を突っつく。

「ねえ、速水さん、あたしこのベッド好き! お姫様みたい」

その一言で、このまま使う事にした。インテリアデザイナーが、俺をどう思ったかは考えない事にした。
ベッドには天蓋から薄い紗のカーテンがかかっている。マヤがカーテンを上げてベッドの上に寝っ転がった。

「あ、速水さん! 見て」

マヤが言うので俺もベッドに寝てみた。すると、天蓋の裏に絵が書いてある。黒の漆に金箔と螺鈿で銀河が書かれている。星座は夏の星座。天の河をはさんでベガとアルタイルが描かれていた。横たわった眠り手の、視線の先に銀河を描く。このベッドの制作者は眠りについてよくわかっていたようだ。金箔はわずかな光にも反射して、眠り手を深い眠りへと誘うだろう。
俺はマヤを見た。腕を延ばして抱き寄せる。

「マヤ、毎晩、星空の下で抱いてやるぞ」

マヤが顔をぽっと赤らめた。俺の胸にすり寄ってくる。愛しい。俺達はそのまま愛し合った。


俺は速水の家に戻ると、朝倉に仕事が忙しいので会社近くにマンションを借りてそちらに住むからと言っておいた。朝倉も義父も疑わない。ついでに、週一回通ってくれるハウスキーパーも朝倉に頼んだ。

マヤの1LDKはそのまま、借りさせておいた。いくら近くでも引っ越しは面倒だ。それに芝居の練習をしたくなる時もあるだろう。

マヤの朝は早い。ジョギングをして、発生練習。朝食の後は、部屋の掃除。それから稽古場へ向う。マヤは驚いた事になんやかやとレッスンを受けていた。オフの日はほとんどレッスンで埋まっている。総て芸のこやしにすると言う。
俺はマヤと一緒にジョギングをする。ペースが違うので、俺は時々マヤを待つ。俺がトレーニングウェアを着た時のマヤの顔は見物だった。目を丸くしてまるで違う生き物を見ているような顔をして俺を見る。

「そんなに珍しいか?」

「だって、スーツ着てない」

「スーツ着てジョギングは出来ないだろ」

「そうだけど、でも……、びっくりした!」

俺はマヤを抱き寄せ頭をぐしゃぐしゃとした。マヤがきゃっきゃっと笑う。

「さ、行くぞ」

「あ、待って!」

俺が強く幸福を感じるのはこんな時だった。

マヤが驚いたように俺もマヤに驚く。レッスンをあれこれ受けていただけでも驚いたのだが、それだけではなかった。
まず、マヤが料理が出来るようになっていた。

「速水さん、あたしだって作れる料理くらいありますよ、レパートリーは広くないですけど……」

俺達は肉じゃがを作っていた。マヤの傍らで俺はじゃがいもの皮をむく。マヤの包丁は切れ味がいい。するすると皮がむける。マヤはにんじんやたまねぎを切っている。包丁に俺の顔がぼんやり映る。幸せな顔というのはこういう顔かもしれない。俺は嬉しくなった。マヤの声が続く。

「……だって、ほら、ホームドラマのあきちゃん役。あれ!」

「朝の連続テレビドラマだな」

マヤを国民的人気女優にしたのは、「紅天女」の試演ではない。俺にメッセージを送りたくて必死になって取った朝の連続テレビドラマだった。マヤが高校生の時に起した事件は皆、忘れていた。マヤは朝の連続テレビドラマ「あきちゃん」で元気な女の子のイメージを手にいれていた。漁港を舞台に繰り広げられる食堂を経営する家族の物語。主人公の「あきちゃん」は高校を卒業した18歳。専門学校に通いながら家の手伝いをしている。食堂には様々な人々がやってくる。毎日、15分5日間で一つの事件が解決する。3ヶ月12話。毎回、あきちゃんや食堂の人間模様で盛り上がるシリーズだった。

「あきちゃん役で料理を作るシーンがあったんです。ちょうど、一人暮らしをしようかと考えていた時期だったのでお料理を習いに行ったんです」

「君は何故一人暮らしを?」

「麗から大人になろうと思ったんだったら一人暮らしをして見たらって言われて……。それに……、人気が出て来て大家さんに迷惑かけちゃって……」

「それで、このマンションに引っ越したのか」

「ええ、このマンション、亜弓さんに紹介して貰ったんです。セキュリティのいいマンション知らないかって……。そしたらここを紹介されて……」

マヤはマヤなりに必死で生きてきたのだろう。料理を作れるようになり、一人暮らしが出来るようになり、マヤの1年半がすこしづつわかってくるにつれて俺は切なくなっていた。

そんな或る日、俺は仕事で会う予定にしていた客から都合で会えないという連絡を受けた。夜の会食がお流れになった俺は、緊急の仕事もなかったので、久しぶりにマヤを迎えに行く事にした。

そこで俺は意外な光景を目にする。






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