恋物語 連載第5回
某テレビ局、第5スタジオ。
マヤが出演している「一つの窓 二つの夢」の収録が行われている。
今日のマヤは絶好調である。
収録が終わったら、速水と会える。
その喜びが素直に演技に出る結果になった。谷崎透扮する主人公がヒロインを迎えにヒロインの田舎にやってくる。
ヒロインは素直になれない。振り袖を着て親と一緒に見合いの席につく。
見合い相手は、地元の役所に務める実直な男である。見合い相手とホテルの庭を散歩するヒロイン。
「僕は妻になる人には家にいてほしいです。妻が職業を持つと僕に甲斐性がないように思われるでしょう。僕の夢は子供達や両親と穏やかな生活を送る事です。妻になる人にはぜひ僕の夢を一緒に叶えてほしい」
「……あの、あたし……、あたしの夢は……」
「知っています。服飾デザイナーになる事でしょう。田舎でも洋裁はできますよ。家事の合間に趣味としてやっていただくのは全然OKですよ」
「いえ、そうじゃなくて……」
ここで谷崎透が登場、すったもんだの挙げ句、ヒロインは東京に帰る。
スタジオ入りした谷崎は、収録の合間、マヤにいろいろ話しかけて来る。
「ねえ、今日はどんな用事だったの? 速水社長っておっかないよね」
「うーん、あたし、速水さんとつきあい長いの。9年くらいかな、13の時からだから……、どんな人かわかっているからちっとも怖くないの」
「ふーん、業界じゃあ冷血漢で通っているのにね……、それよりさ、今夜、一緒に飲みに行かない?」
「え、えーっと」
マヤが断ろうとしていると、谷崎の出番となった。マヤはほっとした。
谷崎は自分の出番が終わるとまたマヤのそばにやってきた。
「北島さん、今日、すっごく調子いいよね、何かいい事あった?」
「いえ、別に……」
「うそうそ、顔に出てるよ、ね、速水社長とどんな用事だったの? ギャラ、上げて貰えるとか!」
「そんなんじゃなくて、来年の……、新春公演が決まったんです」
「ふーん、来年か……、なんていう芝居? また、共演したいな」
「……そのうち発表されると思うけど、『紅天女』の第2回公演なの」
「ああ、そっか、北島さん『紅天女』女優だものね。凄いよね。えーっと一真だっけ、相手役の名前……」
マヤはこれ以上、「紅天女」の話題になるのはまずいなと感じた。ちょうど、スタッフが呼びに来たのでマヤはほっとして谷崎の側を離れた。収録は後1回だ。次の収録でクランクアップだ。後少しなので谷崎ときまずくなりたくなかった。
その日の収録が終わりに近づいた頃、マヤはふと目を上げた。すると、やってきたばかりの速水と目があった。マヤはぱっと顔を輝かせた。と、同時にマヤの出番となった。ヒロインの仮面を被るマヤ。もう一度、主人公を追いかけて東京に行こうと決心する所で今日の収録は終わった。
収録が終わると速水は拍手をしながらマヤの側にやって来た。
「チビちゃん!」
「速水さん!」
「今日の演技、良かったよ。ヒロインが迷いながらも結局東京へ帰ろうと決心する所、いい表情だった」
マヤの表情が喜びと躊躇でくるくる変わる。
「え〜っと、速水さんがホントにそう思ってくれてたら嬉しいです」
「くくくく、ああ、本気で褒めてるさ、いい演技をしたご褒美だ、うまいものを食べに行こう」
「あ、はい! 待ってて下さい。今、支度して来ますから……」
「だったらロビーで待ってる。走るなよ、走るとこけるぞ」
「もう、速水さんったら!」
マヤは笑いながら、早足で楽屋へ向った。マヤが支度をしてロビーへ行くと、速水の回りに美しい女達が群がっていた。
女性6人のアイドルグループだ。グループのマネージャーが速水に全員を紹介している。
マヤは気後れした。その辺の俳優よりイケメンの速水にはやはり美女がよく似合う。マヤが柱の影からそっと、速水を見ていると、ポンと肩をたたかれた。マヤは驚いて振り返った。谷崎である。
「なんだ、谷崎さんかあ、びっくりしたー!」
「どうしたの? 北島さん」
「え、ううん、なんでもない」
谷崎はマヤの視線を追った。くすりと笑う。
「なんだ、そういう事!」
「え? な、なにがですか?」
谷崎はマヤの肩を抱くと、速水の方へ歩き始めた。
「え、や、やめて下さい」
「いいから、まかせて」
谷崎は速水の回りに群がっている女達の間に肩を使って割ってはいった。
「速水社長、北島さんの相手役の谷崎です。北島さんをお連れしましたよ。彼女、チビだから美女軍団に気後れしてたみたいで……」
「谷崎さん!」
周りの美女達がくすくす笑う。
「あの、速水社長、僕も一真役に立候補したいんですけど……」
速水はマヤと谷崎を見た。
「……チビちゃん、話したのか?」
マヤが大きく頭を振る。
「彼女から第2回公演の話を聞いて、うちのマネージャーが調べてくれたんです」
「ほう、情報が早いな。しかし、もう決まっている。残念だったな」
「待って下さい。去年の試演、僕覚えています。今回もぜひ検討してみてくれませんか? 一真役だけのオーディション。僕は、スケジュールの都合で去年参加出来なかったんです。ぜひ、お願いします」
谷崎は速水に頭を下げた。まわりにいた美女達は、谷崎の様子に速水に挨拶すると次の売り込み先を求めて去って行った。
「去年の試演に参加出来なかったのは気の毒に思うが、今回はすでに決まっている。以上だ……。さ、北島君、行こうか」
「待って下さい、速水社長。マネージャーを通して正式に申し込みますから、ぜひ、検討して下さい」
速水はマヤの腕を取ると谷崎を置いて歩き始めた。マヤは口の中でもごもごと谷崎に挨拶をすると、速水に引っ張られるまま、付いて行った。速水はマヤを運転手付きの車に乗せた。運転手へイタリアンレストランへ行くよう指示を出す。車に乗っている間中、速水は黙っている。やや、暗い車内。
速水は何も言わない。谷崎に肩を抱かれて速水の前に現れたのに、マヤに何も聞かない。
マヤは速水の隣に座り戸惑っていた。思わず、速水の横顔を見つめた。
速水がマヤの視線に振り返る。
「なんだ?」
「いえ、あの、さっきのアイドルグループ。きれいだったなあと思って……」
マヤは心にもない事を聞いていた。
「ああ、彼女達……、16歳だそうだ。彼女達のマネージャーは昔大都にいてな。一からアイドルグループを育てたいと言って退社して新しく会社を起したんだ。ああいう情熱家がいるから新しい歌手やグループが育つ」
「大都では育てないんですか?」
「うちも育てている。ところが、同じシステムで育てるとな、みな、どこか同じ感じになってしまうんだ。個性が大切なこの業界でだ。しかし、客のニーズは多様化している。そういうわけで、信念をもってこういうアイドルを育てたいという人材は貴重なんだ。それに、うちのような大手になるとなかなかリスクが取れない。一から育てて物にならなかったら投資した金額を回収出来ないだろう。すでにアイドルとして完成しているグループと契約した方が確実だ。さ、着いたぞ」
速水と二人、レストランの個室に落ち着いたマヤは、速水が先程の谷崎の振る舞いを忘れているようなのでほっとした。
昼間、好きな人はいない、誰とも付き合ってないと速水に宣言した端から、谷崎に肩を抱かれて速水の前に現れてしまった。
速水に誤解されたのではと思うと辛かったが、速水の様子に特に変わった様子がなかったのでマヤはほっとした。
穏やかにマヤと話す速水。マヤは速水に聞きたい事がたくさんあった。
(速水さん、その服装は紫織さんの喪に服しているからですか? どうしてあたしを食事に誘って下さったんですか?)
でも聞けなかった。
速水は速水でやはり、谷崎に肩を抱かれて現れたマヤに、本当に谷崎と付き合っていないのかと聞きただしたかった。
(さっきのは何だ。谷崎と付き合ってない、好きな人はいないといいながら、肩を抱かせるのか? まあ、あいつはああいう男だからな。だが、軽卒じゃないか)
速水はマヤと話ながら、時々嫉妬に心が飛ぶ。ふと、速水はマヤの服装に目をやった。
「朝も思ったんだが、今日は随分、おしゃれだな。どうしたんだ?」
マヤはぱっと速水を見た。頬が上気する。速水の為におしゃれをしたとは恥ずかしくて言えない。
「あの、えっと、『紅天女』の女優になったから少し、その、余裕が出来て、女優らしくおしゃれしたくなったんです」
「そうか、俺はまた……」
速水はもう少しで谷崎とデートなのかと言う所だった。しかし、朝、マヤが好きな人はいない、誰とも付き合っていないと言った事をもう一度思い出した。
「?」
「いや、その、似合ってる。チビちゃんにしては……」
「あたしにしては、なんなんです! もう! 速水さん、あたし、チビちゃんじゃありません、もう、22です。大人です!」
「くっくっくっく、大人ね」
速水はマヤをからかいたくなった。他意はなかった。
「だったら、この後、酒につきあうか?」
マヤは迷った。もう少し、一緒にいたい。
「ええ、いいですよ」
二人は速水の行きつけのバーに行く事になった。
続く
Back Index Next