恋人   連載第7回 




 別荘に戻った二人は、シャワーを浴びて体に付いた潮を洗い流した。


別荘の浴室の鏡に自分の顔を写したマヤは、さきほどの口付けが思い出された。
思わず、指で唇にふれる。
真澄のキスは熱かった……。最初は……。
が、躊躇して、潮が引くように行ってしまった。
マヤは首をふると、シャワーを浴びた。

――速水さんにまかせよう。
  きっと、大丈夫……。

何が大丈夫なのか、マヤは考えなかった。



夕食は、やはり、別荘番が用意してくれていた。
ビーフシチューにサラダ、テーブルパン。チーズの盛り合わせ。果物。
真澄がシャンパンの栓を開けた。

ポン!

その音にマヤは、目を丸くしてはしゃいだ。
真澄は二人のグラスにシャンパンを注ぐ。
白い泡がグラスを満たした。

「乾杯!」

二人はグラスを合わせた。

「速水さん、好きな食べ物はなんですか?」

「そうだな、大抵の物は食べるが、……」

二人はまるで知り合ったばかりのように、自分の好きな食べ物、飲み物、音楽、趣味について話した。

「あたし、速水さんが一番好きな物知ってます!」

「なんだ?」

真澄はマヤが、あたしと言うだろうと思った。
が、違った。

「仕事」

「くっくっく、何故そう思う?」

「だって、いつも仕事してる」

「そうだな、好きなのかもしれないな」

「お休みの日は何をしているんですか?」

「君とデートしてる」

マヤは顔を赤くした。

「そ、それは、その、えーっと、今日明日の話で……」

「これからの休みはずっと、君とデートだ」

マヤの顔はさらに赤くなる。

「えーっと、あの、あの、じゃあ、じゃあ、仕事よりデートが好きだって認めてあげます」

真澄は笑い出した。

「はっはっはっは、君にはかなわんな」

夕食が終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。
シャンパンを持って、二人は、テラスに出た。
部屋の電気を落とす。
空には満天の星空が広がっていた。

「うわあ、凄い!」

「凄いだろう、天の川がよく見える」

「あ、星が流れた!」

「願い事は?」

「ふふ、いいんです。もうかなったから……」

「マヤ……」

軽くアルコールの入ったマヤの瞳は潤んでいる。
隣に立った真澄の目をふわっとした表情で見上げる。
真澄はマヤをそっと抱き寄せた。
マヤは抱き寄せられるままに、速水の胸に頭を預ける。
真澄の体に腕をまわした。真澄の手が熱い。
また、あの熱が、昼間感じた熱が真澄に戻って来たのがわかった。
真澄の顔がゆっくりと近づいて来る。
マヤは背伸びをして真澄の唇を受け止める。
腕を真澄の体から首に巻き付け、引き寄せる。
真澄の手が、マヤの背中を撫でて行く。

――熱い手。

マヤは恋人の熱い手の中で自分の体が溶かされていくのがわかった。


真澄はマヤの変化に驚く。

――昼間はぎこちなかったのに……。

真澄の唇を、舌をやすやすと受け入れるマヤ。
真澄の手がマヤの背中を撫でつづける。
真澄の胸に押し付けられるマヤの胸の膨らみ。
真澄の指先が、マヤのわきの下から微かに胸の膨らみをかすった。
瞬間、体を固くするマヤ。
はっとした真澄は思わず手を引っ込めた。

――頭ではわかっているのだろう、心では許しているのだろう、だが、体が拒絶する。

真澄の熱は引いていった。


真澄は体を離してマヤを見下ろした。
閉じられていたマヤの瞳が今はうっとりと真澄を見上げている。
何故、キスをやめたのかマヤにはわからない。
不思議そうに見上げている。

真澄はマヤとの「春」を惜しんだ。

――ここまでにしておこう……。

マヤの髪をそっと梳いてやる。
真澄はマヤの手をとると、バルコにーのベンチに誘った。
並んで座り、崖の下に寄せる波の音を聞きながら星を見上げた。

「速水さんはどのお星様が好きですか?」

本当は、速水さんはあたしの事好きですかと聞きたいマヤだったが、言えなかった。

「そうだな、火星かな。子供の頃、『火星のプリンセス』というSFを読んで憧れた」

「へえ〜、どんなお話なんですか?」

「アメリカの南軍の兵士が、火星に行く話さ……」

「心だけだったらどこにでも行けますよね。へへ、あたしが舞台でたくさんの人生を生きるのと一緒……」

マヤはもう一口シャンパンを飲むと真澄の胸に頭を預けた。
真澄の鼓動が聞こえる。マヤは鼓動の音に誘われるように眠りに落ちて行った。



真澄はそっとマヤを抱き上げると屋内に入った。
そのまま、二階の寝室にマヤを運ぶ。
マヤの為に用意した客用寝室のベッドにマヤを横たえた。
毛布をかけ、マヤの髪に口づける。
ナイトスタンドの豆電球をつけると真澄は寝室から出た。


その夜、真澄はベッドの中で暗闇を見上げながら思った。

――マヤと結婚したい。
  マヤは承知してくれるだろうか?

ふと、先程まで自分の胸に押し付けられていたマヤの小さな体を思った。
そして、真澄は眠りに落ちて行った。

夜中、真澄ははっとして目を覚ました。

マヤが枕元に立っていた。




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