紅の恋 紫の愛    連載第12回 




 「大丈夫か?」

真澄は荒い息を弾ませながら、マヤに囁いた。
ここは速水の伊豆の別荘。二人の初めての夜だった。
真澄は汗で濡れたマヤの髪を指で梳いてやる。
マヤは閉じていた目を見開いて真澄を見上げた。

「痛かったろう……」

真澄の言葉に、マヤは思いっきり顔を赤らめ毛布に慌てて潜り込んだ。

「どうした? 恥ずかしいのか?」

真澄が毛布を引っ張ってマヤの顔を見ようとすると、マヤはますます毛布に潜り込む。
真澄はふと不安になった。

「……嫌だったのか?」

真澄が心配そうにきくと、毛布の下でマヤの頭が横に振られた。
真澄は女の子の気持ちがよくわからなかった。
マヤの体の準備が出来たと思って伊豆に連れて来たのだが……。

――本当は嫌だったのではないだろうか?

真澄は切ない気持ちになった。

――これが、男の愛し方なんだ。

マヤにわかって貰いたかった。

マヤが毛布の中からもぞもぞと顔を出した。
目だけだして、じっと真澄を見つめる。
真澄の気持ちを察っしたのか、マヤは真澄の首に腕を回し真澄を引き寄せた。
耳元でそっと囁く愛の言葉……。
真澄はほっとした。

「マヤ、俺もだ、俺も……」

真澄はマヤを抱きしめた。
真澄の胸には暖かい物が広がっていた。微かに感じた真澄の不安はきれいに拭い去られていた。



東京に戻ると、真澄は次のデートの為にホテルを予約しようとした。
季節はクリスマス。
ロマンティックに夜を過したかった。
秘書の水城に手配を頼むと、サングラスの瞳の奥から、あきれた光線がにわかに発せられた。

「社長、この時期、無理です」

「有能な君にしては、珍しい発言だな」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。それでも、無理な物は無理です」

東京の高級ホテルは、すでに予約で一杯だった。
仕方なく、水城にレストランの予約を頼むとやはり、無理無理光線を浴びせられた。

「社長! 何考えてるんですか! クリスマスですよ! クリスマス! 今から取れるわけないじゃないですか!」

「君は有能な秘書だろう、なんとかしたまえ!」

秘書の水城は、しばらく、考えていたが、やがて、にっこりと笑って言った。

「社長、ご予算は?」

「う……、君のプランが良ければ考えよう」

水城は、あとでプランをお持ちしますと言って通常業務に戻った。

その日の夕方、水城がプランを持って来た。
水城が持って来たプラン。
速水はそれを見て絶句した。
予算数千万のプランには、高級マンションの購入費用が含まれていた。

「水城君、君は一体、何を考えている! 僕はクリスマスのプランを持ってこいと言ったんだ!」

「社長! 要するに恋人と二人っきりになりたいのでしょう。いつでも、どんな時でも!」

「う……」

核心を突かれた真澄は黙った。

「しかし……」

「では、賃貸になさいますか? 買取の方がのちのち資産運用の面でも、お得だと思いますが」

「いや……」

真澄はしばらく考えていたが、おもむろに答えた。

「賃貸にしよう。確かに、俺専用のマンションが必要だ」

「わかりました。では、会社の近く、車で15分程の所にセキュリティのいいマンションをお探ししておきます」

真澄は、有能な秘書はいいが、有能すぎる秘書は持て余すと思った。


そして、迎えたクリスマス。
真澄はマヤをともなって新しく借りたマンションに向った。
マンションでは、レストランの給仕が待っていた。

「初めまして、私、水城様より本日のお食事の給仕を申し付けられました。
 宜しくお願い致します」

給仕は挨拶すると、二人のコートと荷物を預かった。
コートの下に速水はタキシードを、マヤはアストリア号で真澄に買って貰ったドレスを着ていた。
マヤの姿に真澄は目を細める。 玄関を入ってすぐ左側の部屋が納戸代わりになっている。
給仕はそこに二人のコートと荷物を置くと、さらに、部屋を案内してまわった。
水城がインテリアデザイナーに頼んでおいたので、家具や電化製品は総て揃っている。
ついでにクリスマスの飾り付けも頼んでおいた真澄は、リビングに入って驚いた。
マヤは無邪気にはしゃいだ。

「わあ、速水さん、見て! 凄い! ちゃんと一番星がツリーのてっぺんにある。
 あたし、こんな大きな樅の木でクリスマスするのって初めて!」

樅の木は天井まであった。
キラキラとオーナメントが輝く。

「どうぞ、お席にお付き下さい」

給仕が促した。

BGMが流れ、食事が始まった。
最初のオードブルが二人の前に置かれた。
シャンパンがグラスに注がれる。琥珀色の泡の向うにクリスマスツリーに飾られた金銀のボールが輝いている。
おいしい食事、心置きなく話せる恋人との会話。
二人は何もかもに酔いそうだった。
最後のデザートは、マヤはクリスマスケーキ、真澄はドライフルーツとチーズだった。

「このクリスマスケーキ凄くおいしいですよ、速水さん、食べなくていいんですか?」

「ああ、俺は甘い物は苦手だからな」

やがて、食事が終わり、給仕は最後のコーヒーを継ぐとそっと帰っていった。


二人は食事のテーブルからリビングのソファに移動した。
プレゼントの交換をする。
マヤは速水に少し大きめの包みを渡した。
真澄が開けると、男物の折畳み傘が出て来た。

「速水さん、しょっちゅう、雨に濡れてるでしょう。
 風邪引かないように車のダッシュボードにいれておいて下さい」

マヤは真澄を真剣に見上げて言った。

「マヤ、ありがとう!」

他人から真剣に体の心配をされる。
真澄にとっては滅多にない話だった。
だが、これからはいつもマヤが心配してくれるのだろう。
真澄は嬉しかった。
真澄もまたクリスマスプレゼントを取り出した。
マヤの前に小さな包みを差し出す。
マヤは嬉しそうな顔をして、その包みを受け取った。

「開けてみろ」

マヤは丁寧に赤いリボンをほどいた。
包みを開けると白い箱が、さらに箱を開けると、ビロードで覆われた赤い箱が出て来た。
箱の蓋をあけると……。
美しい金色のネックレスが……。
鎖だけのシンプルな物である。
留め金が少し広いプレートになっており、そこに紫の石がはめられ、文字が彫られていた。「M to M with Love」と。

「マヤ、後ろを向いてご覧、首にかけてあげよう」

マヤは、今身に付けているバラのネックレスを外した。
それから後ろを向いて、髪を持ち上げた。
マヤの香りが真澄の鼻腔を刺激する。
真澄の手がマヤの首に回される。
そっと、留め金が掛けられた。
かすかに触れる真澄の指が、マヤの肌を粟立たせる。

「速水さん、鏡で見てみたい」

マヤが無邪気に言う。
鏡は玄関にあると言うと、マヤは走って行き、自身の姿を映した。
マヤが嬉しそうにリビングに戻って来ると、そのまま、真澄の胸に飛び込んだ。

「ありがとう、速水さん、とってもきれい!」

「気に入ったか?」

「はい!」

真澄は、笑い声を上げながらマヤを膝の上に抱き上げた。
そのまま、口付けする。

二人の夜は静かに更けて行った。



続く      web拍手 by FC2     感想・メッセージを管理人に送る


Buck  Index  Next


inserted by FC2 system