紅の恋 紫の愛 連載第2回
東京に戻った速水を姫川歌子が待っていた。
速水は歌子の話を驚きを持って聞いていた。
姫川亜弓が失明!
「で、亜弓君はなんと言っているのです」
「亜弓には話していないのです。
桜小路優の事故は、私には天の配剤に思えました。
……
試演の日程を延ばしてもらえるよう、協会に働きかけてほしいのです。
このままでは、亜弓は決して手術を受けようとしませんわ。
本当に誰に似たのか、頑固なんだから……」
「わかりました。僕も延期したいと思っていました。
これから、山岸理事長に連絡を取りましょう」
速水は歌子に安心して連絡を待つように言って帰した。
速水は早速、演劇協会理事長に連絡を取り、桜小路優と姫川亜弓の病状を説明した。
山岸理事長は月影千草の病状が現在、比較的安定している事、月影千草もまた、延期に賛成するだろうと速水に話した。
理事長は月影千草の病状を確認、他の理事達ともはかり、試演の延期を決定した。
試演延期にあたって、試演の開催場所を変更しなければならなくなった。
汐留駅再開発地区は残念ながら、11月から開発が始まってしまい使えなくなってしまう。
速水は試演の場所についても演劇協会にある提案をしていた。
東京都庁である。
黒沼達が練習しているのを知り自身行ってみた結果、再開発地域以外であれば、都庁での「紅天女」を面白いと速水は思った。
演劇協会が、東京都庁に掛け合った所、休日であれば、使用を認めるという話になった。
結果、試演は約3ヶ月後、1月3日、東京都庁にて上演される運びとなった。
果たしてこの延期が、誰に取って有利に働くのか、或は、不利に働くのか、誰にもわからなかった。
姫川亜弓はすぐに入院、手術が行われた。回復は順調である。
桜小路優は、病室のベッドの上で天井を見上げながら悲嘆にくれていた。
自身の怪我もさることながら、マヤと速水が相思相愛で抱き合う姿が、桜小路を落ち込ませていた。
――マヤちゃん……。
信じられない。どうして……。
あんなに憎みあっていた二人なのに……!
マヤちゃんは紫のバラの人が好きだって言ってたのに……。
あ、まさか、まさか……。
まさか、速水社長が紫のバラの人?
そうなのか?
そうなんだ。船の上で、それがわかったんだ……、マヤちゃん……。
桜小路は腕を目に当て、涙をこらえようとした。
しかし、涙はあとからあとから溢れて来る。
――速水社長、いつか、マヤちゃんと同じ事を言っていた。
『魂の片割れに出会ったら、それまで人はどれほど孤独だったか気付くに違いない。
そして、結ばれなければ……』
そうか、二人は出会ったんだ。魂の片割れに……。
僕が、かなうわけがないんだ。
マヤちゃん、それでも、僕は君が……。
桜小路の口から嗚咽がもれた。
泣きながら、いつのまにか眠っていたのだろう、ドアをたたく音で桜小路は目が覚めた。
桜小路はどうぞと言った。
病室に入ってきたのは、黒沼だった。
「どうだ、調子は?」
「はい……」
「どうした? 死にそうな顔をして……」
黒沼は桜小路の落ち込んだ様子を難しい顔をしてながめた。
「試演だがな、おまえは知らんだろうが、姫川も目に怪我をしていてな。
隠れて特訓をしていたんだが、やはり舞台は無理だとわかったらしくてな。
おまえが怪我をしたのを聞いて、姫川歌子が申し出たそうだ。
目を直して、試演に臨みたいとな」
「えっ、では……」
「ああ、主要な役者にこうも怪我が続いたんだ。
演劇協会も幻の名作『紅天女』復活に向けて万全の処置を取りたいという事になってな。
試演は延期になった。
ただ、月影千草の病状がどこまで持つかわからんのだ。
上演権は或は、姫川亜弓の物になるかもしれない。
姫川は、もし、そうなったら、上演権は一時的に預かって、試演で決着をつけたいと言っている。
どちらにしろ、関係者全員、実力で競って『紅天女』の行く末を決めたいと。
だからな、おまえもしっかり体を直せ。
わかったな」
「はい、先生……、はい」
桜小路は思わず、涙を落とした。
「先生、実は……」
「なんだ? 試演が延びてよかったじゃないか」
「はい、でも、僕は……、マヤちゃんの相手役になれるか、心配で」
「何を言ってる、ベッドの上でも出来る稽古はあるぞ。もう一度、脚本を読め。一真の気持ちを想像してみろ。
足の一本が折れたぐらいで落ち込むな」
「先生、違うんです。
……先生にだけは話しておきたいんです。
マヤちゃんの『紫のバラの人』、速水さん、速水さんだったんです」
桜小路はまた、泣きそうになった。
「それは、本人に確かめたのか?」
「……いいえ、でも、二人で抱き合っている所を見たんです。マヤちゃんが、速水さんに抱きついて……」
「桜小路、俺が確認するから、この事は誰にも話すな。一歩間違うと、とんだスキャンダルに北島が巻き込まれる」
「あ……、そうか、すいません、考えが及ばなくて……」
「仕方ないさ、とにかく、今は何も考えずに元気になる事だけ考えろ、いいな」
「はい、先生、はい……」
黒沼が帰った後、桜小路は試演が延期になって喜びはしたが、マヤと速水の面影が頭を離れなかった。
――マヤちゃん、僕は……、もう一度、舞台の上で君の一真になれるんだろうか?
桜小路はマヤの面影にそうつぶやいた。
キッドスタジオでは、マヤもまた桜小路の身を案じていた。
「黒沼先生、桜小路君の様子はどうでした?」
「ああ、落ち込んでいたが、試演延期の話に表情が明るくなった。このまま、回復するだろう」
マヤは黒沼の話にホッとした。
――もし、あの時、桜小路君と一緒に帰っていたら、桜小路君は怪我をしなかったのだろうか?
マヤは逡巡した。
しかし、試演が延びた事でもう一度、桜小路と一緒に芝居が出来る。
マヤは桜小路の怪我が早く直るように心の中で祈った。
黒沼はマヤの様子に、桜小路の言った事は本当だろうかと思った。
もし、速水の若旦那が「紫のバラの人」なら、救いの手が差し伸べられるタイミングがいいのも、内情に詳しいのも合点が行く。
そして、決してマヤの前に姿を現さなかったのも……。
黒沼は、そのうち若旦那に酒を飲ませて聞き出そうと思った。
一方、速水真澄は、レストラン「グラナダ」で鷹宮紫織と対峙していた。
続く
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