紅の恋 紫の愛    連載第4回 




 速水英介は、真澄から婚約解消の話を聞き、激怒していた。
ここは速水邸の一室、朝食が終わった所だった。
外は雨、室内はひんやりとしている。
真っ赤になって怒る英介の頭から湯気が立ち上っているように見えた。

「真澄、紫織さんに何をした! すぐに、紫織さんの機嫌をとって来い。 会社の発展がかかっとるんだぞ」

「しかし」

「しかしも何もない! すぐに行けと言っとるんだ!」

「お義父さん、話を聞いて下さい。紫織さんは、北斗プロの襲撃事件で僕との付き合いをやめると言い出したんですよ。
 僕が、殴られる所を紫織さんは見ていたんです、すぐ真近で。
 いつ自分にとばっちりが来るかもしれないとそう思ったんでしょう。
 とにかく、彼女の心が離れて行ったんです。
 婚約を解消するしかないでしょう」

「仕事はどうなる! 鷹通との提携業務は! おまえの将来は!」

「なんとかします」

「なんとかしますじゃないだろうが! 具体案をだせ!」

英介はわめいた。鷹宮家と縁続きになれると思っていたのがご破算になるのだ。
ぜひ、紫織の心を引き留めたかった。

「儂が行く。儂が話をしよう。北斗プロの襲撃などなんでもないのだと、儂が説得する」

「……」

「なんだ、その顔は!」

「いえ、いっそ、あなたが結婚すればと思ったんですよ。紫織さんと」

「何を馬鹿な事を言っている!」

英介はかんかんに怒った。

「いい加減にしろ! 真澄!」

英介は手近にあった杖を投げつけた。真澄がさっと避ける。

がちゃん!

花瓶が割れた。破片が飛び散る。高価な備前焼の花瓶は粉々に砕けて真澄の足下に散らばった。

「だ、旦那様!」

執事の朝倉が物が割れる音に驚いて飛んで来た。

「朝倉、鷹宮紫織さんとの婚約は解消する。すぐに使者を立てろ」

「真澄!」

「お義父さん、諦めて下さい。紫織さんが婚約を解消すると言った以上、無理です」

「う〜〜〜〜〜、くそお!」

英介は、結局、諦めるしか無かった。



鷹宮紫織は、レストラン「グラナダ」で倒れた後、自宅で目を覚ました。
速水から婚約の解消を言われ、仕方なく同意した紫織だったが、それでも、速水を諦めきれなかった。
速水家から使者が来た時、両親と祖父の前で紫織は使者に答えていた。

「……、私達、喧嘩したのですわ……」

紫織は、婚約の解消を口走ったのはついかっとなっただけだと使者に告げた。
しかし、使者は速水から、先日の襲撃事件で紫織から危険な男と結婚したくないと言われたと話した。
鷹宮翁は、紫織に問い質した。

「紫織、そんな事を言ったのか?」

紫織は迷った。

――真澄様から本当は何を言われたか言ったら、お爺様を怒らせ、二度と真澄様と結婚できなくなってしまう。

そんな事は出来なかった。

――真澄様、私、きっと、あなたのお心を取り戻して見せますわ。

紫織は使者に言い訳を言っていた。

「ええ、でも、それは、売り言葉に買い言葉のようなもので……」

すると、使者の方から提案があった。

「では、こうしてはいかがでしょう。
 婚約の解消を迷っているなら、取り敢えず、結婚式を延期してみてはいかがでしょう。
 実は、速水様が、大変力をいれている『紅天女』の試演が延期になったのです。
 いきなり、婚約を解消されては世間でもいろいろ取り沙汰されるでしょうが、試演の延期によるお式の延期であれば、世間も納得するでしょうしその間に婚約を解消するかどうか考えてみては……」

使者は、何組もの仲人を務めてきた人らしく、婚約後、結婚にいたらなかったカップルをたくさん見て来ていた。
結婚前の喧嘩はよくある話で、そのまま、結婚しても不幸になる場合が多い。
冷却期間をおけば、元の鞘に収まる事も、また、よくある話だった。

こうして、取り敢えず、二人の結婚は延期された。
真澄はその話を聞き、紫織の立場を考え、紫織から婚約の解消をしたいと言わせるシナリオを書いたのは、甘かったと反省した。
が、結婚式が延びた事で、この後、紫織と真澄が婚約を解消しても、世間的には仕方ないと思われるのも事実だった。
いずれ、婚約の解消を紫織から言わせるつもりだったが、取り敢えず、式が延びた事でよしとする事にした。

速水英介は、婚約解消ではなく、式が延期されたと聞きほっとしていた。
いづれ折りを見て、紫織に会いに行こうと思った。

一方、北島マヤは病院に桜小路優を訪ねていた。






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