紅の恋 紫の愛 連載第6回
鷹宮紫織は、速水とマヤの記事が載った週刊誌を見ながら、怒りに震えていた。
――ひどい! やっぱり、何かあったんだわ。あの二人!
きっと、真澄様が自分が『紫のバラの人』だって言ったに違いないわ。
それで、あの子ったら、母親の敵の真澄様にぼーっとなってしまったのね。
だから、真澄様が急に私との婚約を解消するなんて言い出したんだわ。
とにかく、マヤさんに身を引かせないと!
鷹宮紫織は北島マヤに会いたいと思った。
キッズスタジオには、先日の小切手の件があるので行きにくかった紫織はマヤのアパートの住所を調べると出かけて行った。
夜、マヤが帰宅するのを待つ。
やがて、マヤが帰って来るのが見えた。
紫織は、車から降りるとマヤの前に立ちはだかった。
「紫織さん!」
マヤは紫織の前に立ちすくんだ。
「こんばんわ、マヤさん!」
「あ、こんばんわ」
「今日はね、私、あなたにお話があって来たの。
この週刊誌に書いてある事は本当なの?」
紫織が週刊誌の記事をマヤにわかるように差し出す。
マヤは震えていた。震えながら、なんとか、声を絞り出した。
「あの、あたし、ダンスを踊っていただきました」
「よくも、婚約者のいる真澄様を誘惑したわね。
真澄様は、婚約を解消するって言い出したのよ。
あなたが、悪いのよ。
あなたがいなければ、あなたさえいなければ、真澄様と私は幸せになれたのに!
マヤさん、アストリア号で何があったのか知らないけれど、身を引きなさい。
真澄様に『船での事は、主演女優になりたいから誘惑した』といいなさい」
「そんな事、できません」
「なぜ?
……まさか、あなた、真澄様が好きなの?
あなたにとって、真澄様はお母様の敵なのに?
……お母様はお墓の中でどう思っているかしら?
それに、真澄様が好きならよけい、あなたは身を引くべきでしょう。
真澄様は私と結婚すれば、将来が約束されるのよ。
あなたに、何が約束出来るというの」
「あたし、あたし……
あたしには、お芝居しか……
!
もし……、いいえ、あたし、速水さんに『紅天女』を上げられます!」
「なにを言うの! そんな、とれるかどうかもわからない物を……」
「でも、速水さんが一番、ほしがっている物です……」
「それを言うなら、真澄様を鷹通の総帥にして差し上げる、これは私にしか出来ないわ」
「!」
「さあ、身の程を知りなさい! これ以上、真澄様に近づいたら承知しないから」
「……、出来ません。
あたし、出来ません。
でも、速水さんが……、速水さんがあなたを望むなら、あたしは身を引きます」
「う……」
――悔しい、この子、速水に愛されているのを知っているんだわ。
だから、だから、こんなに自信を滲ませて私に対抗しているんだわ!
「く、くやしい!」
紫織は我を忘れていた。
マヤのほほを平手で打とうとした瞬間、その手が掴み上げられた。
あまりの痛さに悲鳴を上げる。
「よしなさい。何をしている」
速水だった。
マヤを見守っていた聖から鷹宮紫織の車がマヤのアパート近くに停まっていると報告を受け、まさかと思いながら駆けつけた速水だった。
「マヤ、君は早くアパートに帰りなさい」
「速水さん!」
立ちすくむマヤに向って、紫織がわめく。
「あなた、速水に『紅天女』を上げられると言ったわね。
だったら、もし、主演女優に選ばれなかったら、身を引くのね!」
「やめなさい!」
速水が紫織を羽交い締めにするが、紫織はわめくのをやめない。
「あなたが、真澄様にしてあげられるのは、それしかないんでしょ。
いいこと、必ずよ、約束よ、『紅天女』の主演女優に選ばれなかったら、必ず、身を引くのよ」
「やめなさい! マヤ、気にするな、早く行きなさい」
マヤは、はっと我に帰るとアパートに飛び込んだ。
速水は紫織の腕を掴んだまま、自身の車の後部座席に紫織を乱暴に押し込むと、自身も乗り込んだ。
「紫織さん、マヤに何の用です」
紫織は泣き出した。
「あなたのお心を取り戻したかったのですわ。
あの子さえいなければ、きっと、あなたは私の元に戻っていらっしゃいますわ」
「紫織さん、それは無理です。彼女こそ、僕の魂の片割れ、愛さずにいられない」
「そんな!」
「ですから、婚約を解消してくれと言ったのです。何故、式の延期などと……」
「お願いです、真澄様、試演が終わるまで、お願いまって……」
「待った所で結果は同じなのに?」
「それでも、待って!」
「いいでしょう。待ちましょう……。
もし、マヤが試演で主演女優に選ばれなかったら、マヤの方から身を引くと思っているのですか?」
「!……」
「そう、彼女ならそうするかもしれない。あなたを気の毒に思って……。
だが、僕が彼女を離さない。
もし、マヤに手をだしたら、僕はあなたを許さない」
速水は冷たい目で紫織を睨みつけた。
「さあ、話は終わった、帰りなさい」
速水は車のドアを開けると外に出た。紫織に車を降りるように促す。
速水は紫織の車の運転手に紫織を託した。
紫織を送って行こうともしない。
やがて、紫織を乗せた車が行ってしまうのを見届けると、速水はマヤのアパートの部屋を訪ねた。
一方、マヤは、耳をそばだてて車が行ってしまうのを待っていた。
遠くで車のエンジン音が聞こえた。次第に遠ざかっていく。
速水の車なのか、紫織の車なのか迷った。
すると、アパートの玄関を叩く音がする。
「どなたですか?」
「俺だ」
マヤはドアを開けた。
続く
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