女神降臨    連載第4回 



速水は社長室にマヤを運び込むと、マヤをソファの上に横たえた。

速水はマヤの酔いが覚めるのを待つ事にした。
若い彼女の事だ、3時間もすれば覚めるだろうと速水は思った。
速水は書類を広げると仕事を始めた。

だが、速水にしてはなかなか、仕事に集中出来なかった。
愛する少女が目の前で眠っている。規則正しい寝息と時々寝言が聞こえる。
こんな状況で仕事をするのは無理である。
速水は仕事を諦めると書類をフォルダーに片付けた。
それからマヤの側に跪き、しみじみとマヤの寝顔を眺めた。
眺めながら、思い出していた。

 初めて彼女の舞台を見た時を。
 小さな思い出の数々を。

その時、ぱちりとマヤが目を開いた。
そこに、マヤではない見知らぬ女の表情が現れていた。
黒目がちの瞳が艶やかに潤んでいる。
そして、、、、。

「、、おまえさま、、。
 、、、会いたかった、ああ、とても、、、。梅の谷で、、、、待ってるわ、、、。
 、、おまえさま、愛しい人、、、。」

そう言うと、女は速水の首に腕をなげかけ抱き寄せると口付けをした。
柔らかな唇が速水に押し付けられる。
速水の鼻腔に紅梅の香りが広がった。
速水はあまりの出来事に驚き何も出来なかった。目を見開き硬直していた。
女は、速水に口付けをすると再び眠りについた。
その表情はいつものマヤの顔だった。

(今のは何だったんだ! 俺をからかったのか!)

「マヤ! おい、マヤ、起きろ!」

と言って揺さぶったが、マヤは起きなかった。
速水は急いでタオルを水に浸してマヤの額に置き、再度、呼びかけた。


「おい、ちびちゃん、、、起きろ! 起きろ、マヤ!」

だが無駄だった。

「、、う〜ん、、もう、のめない! れい、もう、ねるう、、、」

速水は、マヤの様子を見ながら、思った。

(今のは夢だったんだろうか? それにしては、リアルな感触だった。

 いや、あれは夢ではない。唇の感触、首に回された腕、引き寄せられた腕の重み。
 すべて覚えている。

 梅の谷で待っているだと、、、。)

速水は義父が持っていた「紅天女」の台本を読んでいた。

(、、、魂の片割れ?、、、、。

 まさか、まさか、マヤが、俺の魂の片割れなのか?

 いや、そんなわけがない。
 この子は俺を嫌っている。

 、、、、そうとも、きっと、疲れているんだ。
 この子があんな事を言うわけがないんだ。
 何かの間違いだ。)

速水は、諦めのため息をゆっくりと吐き出し、再び、マヤが目覚めるのを待つ事にした。

マヤが眼を覚ますと見慣れぬ天井が見えた。
煙草の匂いがする。

「ここは? どこ、、? 麗?」

「気がついたか? ちびちゃん。」

「は、速水さん。な、何してるんですか、ここは、どこです?」

マヤは一遍に酔いが覚めた。

「青木君から酔いつぶれた君の世話を頼まれたんだ。
 秘書の水城君に預けようと思ったら彼女が捕まらなくてな。
 仕方がないから、俺の執務室に君を連れて来た。」

「ア、アパートに連れて帰ってくれたら良かったのに、、、。」

「君のアパートの話を今からするから、まず、水を飲んで顔を洗って来なさい。」

速水はミネラルウォーターをマヤに渡した。
マヤはそれを受け取ると、ごくごくと飲んだ。
それから、洗面所に行くと顔を洗った。
マヤはその日、紫のバラの人から送られたバラ色のドレスを着ていたが、見るとすっかりしわだらけになっていた。
身から出た錆とはいえ、マヤは少し悲しかった。

落ち込んだ気分で洗面所から戻ると速水がまじめな顔をして待っていた。
速水はマヤをソファに座らせると話し始めた。
まず、アパートで起きた事件をかいつまんで話し、マヤをアパートに送れなかった理由を説明した。
速水の説明は明快でマヤは企画書の説明を受けているようだと思った。

「速水さん、この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
 もう大丈夫です。
 今日はこれで失礼します。」


「何を言っている。
 すでに夜中だぞ。
 泊まる所のない子がどこに行く?」

「あ、あの、さやかの所に、、、。」

「水無月君の所は青木君が泊まりに行っている。
 俺も君の身柄を引き受けた以上、ちゃんとした所に泊まってもらう。」

そういうと速水は、メモを取り出した。

「ホテルのシングルルームを予約しておいた。
 俺がいつも利用しているホテルだ。信用出来る。
 君の酔いが覚めたら連れて行こうと思っていた。
 さ、行くぞ。」

「は、はい、、。」

出て行きかけた速水は、社長室のドアを半分開いたまま、マヤの方を振り返った。

「あ、そうだ! 忘れていた。」

「な、何をですか?」

マヤはこれ以上嫌味を言われたら適わないと思って思わず身構えた。

「二十歳の誕生日、おめでとう!」

速水はめったに見られない優しい目をしてマヤを見つめた。
マヤは速水の口から出て来た言葉にびっくりして、しどろもどろになった。

「え、いえ、あの、ど、どうも、ありがとうございます。」

マヤは、そう言って頭を下げた。

速水はマヤを車の助手席に乗せると予約したホテルへと向かった。
ホテルに着くと、速水は別れ際にマヤにプレゼントだと言って茶色の封筒を渡した。

「これは?」

「君の両親が映っている。一人で見るといいだろう。」

「両親? どうして今頃になって、、、。」

「落ち着いて聞いてくれるか? 最後まで俺の話を聞いてくれるなら話そう。」

マヤは少し迷ったが、速水の言う事を聞く事にした。

「大丈夫です、もう二十歳過ぎた大人ですから。」

「大人ね、、。
 君が大都の所属になった時、俺は君のお母さんの行方を情報屋に探させた。
 情報屋は小さな手掛りから様々な情報を探して来た、、、。」

速水は、話し始めた。



続く     web拍手 by FC2       感想・メッセージを管理人に送る


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