女神降臨 連載第5回
北島 春(旧姓岡田)
夫:北島 和夫
二人は、同じ製紙工場で働いていた。
北島和夫が春を見初めて映画に誘ったのがきっかけだった。
二人は、3ヶ月程付き合い、近所の神社で祝言を上げた。
両親を戦争で無くしていた二人を職場の仲間が祝ってくれた。
春は新婚当時は働いていたが、妊娠すると仕事をやめ、家庭に入った。
やがて、マヤが生まれしばらくは平穏な日々が続いた。
だが、マヤが5歳になった時、悲劇が起きた。
北島和夫が、交通事故で死んだのだ。ひき逃げだった。
それから、親子の生活は一変した。
親子は社宅に住んでいたが、父親の死によって社宅に住めなくなった。
幾ばくかの見舞金が出たが、借金を払ったらほとんど無くなった。
アパートを借りようとしたが、小さな子供を抱えた女に部屋を貸してくれる大家はいなかった。
春はやむなく、住み込みの店員になった。
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「後は君の知っての通りだ、、、。
君の両親が製紙工場に務めていた頃、工場で社員の運動会があった。
その時の記録を大都が撮っていたんだ。
君に渡したテープはその記録映画をまとめた物だ。
君が二十歳になったら渡そうと思っていた。
ところが、そのテープを取りに行った社員が駐車場で殺されテープが行方不明になった。
1本しかない物だったので君に渡せないかと思っていたが、今日、白百合荘で犯人を捕まえられた。
取り返せてよかったよ。俺からの二十歳のプレゼントだ。」
「速水さん、、、。」
「何枚かの写真も入っている。一緒に見るといい。
さあ、行きなさい。」
マヤは速水に何も言えなかった。
母親の敵と憎む気持ちと両親の映像を探してくれた速水への感謝の気持ちとが心の中でせめぎあっていた。
「君が母親の事で俺を憎んでいる事はわかっている。
君はまた俺をののしるのだろう?
わかっていても、面と向かって『大っ嫌い』って言われたら、俺だって気分が悪いんだ。
さあ、行きたまえ!」
速水は助手席のドアを開けると、マヤを乱暴に放り出した。
マヤは、行ってしまう速水の車を見送りながら、
「、、、速水さん、、、」
と小さく呟いていた。
マヤは、ホテルの一室に落ち着くと速水から渡された茶封筒の中身をあらためた。
数枚の写真とビデオテープが入っていた。
数人の男の人が映っている写真があった。裏を見ると「右端 北島」とあった。
父の若い頃の写真だ。涙がこぼれた。
「・・・お父さん・・・」
写真に呼びかけた。他の写真も見てみた。母が写っている写真もあった。
マヤは、ホテルに備え付けられたビデオデッキにテープを入れ再生して見た。
父が映っていた。
短距離走で走っている姿、パン食い競走でパンを食べている姿。
母の映像もあった。父に声援を送っている。
「・・・お父さん、お母さん・・・」
10分程のテープだった。マヤは何度も繰り返しテープを見た。
知らずに泣いていた。
そしていつしか、テープを見ながら眠っていた。
翌朝、タクシーでアパートに帰ったマヤは、大家から昨日の事件を聞かされた。
証拠採取の為、明け方まで警察が居たのだと言う。
やはり、速水の言うようにアパートに帰らなくてよかったと思った。
マヤは、帰って来た麗に昨日の話をした。
「一体、なんで、速水さんにあたしを預けたの?」
「うん? たまたま、いいタイミングで現れたからね。
何か、あった?」
「そういうわけじゃないけど、、、。」
マヤは麗にテープの話をした。
「へえ〜、すごい偶然だね。
一足先にあんたの両親のテープがこのアパートに来てたなんてさ。
きっと、マヤの両親も早くマヤに会いたかったのさ。
速水さんに、ちゃんと礼を言ったのかい。
相手がどんな相手でも、そんな貴重な物を用意してくれたんだ。
礼を言わなきゃね。」
「、、、うん、、、。
昨日は、、、なんだか、速水さん、機嫌が悪かったのよね。
でも、きちんと御礼を言わないと、、、。」
マヤは、電話で済まそうかと思ったが、あんな貴重なテープをわざわざ作ってくれたのだ。
きちんと会って御礼を言うべきだと思った。
マヤは、支度をすると、大都芸能へ出掛けて行った。
受付で速水社長に面会したいと話していると、ちょうどそこに水城を伴って速水が現れた。
「おや、ちびちゃん、どうした?
今日は二日酔いじゃないのか?」
速水はいつもの調子で軽口をたたいた。
「大丈夫です。薬を飲みましたから。
あの、速水さん、あたし、今日は御礼を言いに来たんです。
あの、ありがとうございました。
とても、貴重なテープを用意してくれて、、、。
嬉しかったです。
あの、あの、本当にありがとうございました。」
マヤは、深々とお辞儀をした。
「、、、どう致しまして。」
速水の深く豊かな声が頭から降ってきたので思わず、顔を上げると、昨日、おめでとうと言ってくれた時と同じ笑顔にぶつかった。
「君が気に入ってくれて、俺も嬉しいよ。」
速水はそう言うと、水城と共に出張先へ向かおうとした。
が、速水は振り返ると
「ちびちゃん、君は『紅天女』の脚本を読んだ事があるのか?」
「え? いいえ、ありません。以前、月影先生に読みたいって言ったら、まだ、早いって嗜められました。」
「そうか、、、。ちょっと、気になってな、、、。
、、君の誕生パーティ、ぜひ、出席したかったよ。
君がどんな風に酔い潰れたか、見たかったな。
次は、飲み過ぎるなよ。」
速水は、笑いながら水城と共に出掛けて行った。
「もう、人がせっかく御礼を言いに来たのに。
いつも、からかうんだから。」
受付嬢が、速水とマヤのやり取りを見て呟いた。
「速水社長でも笑うのね。あんないい笑顔、見た事ない、、、。」
マヤは、ぷんぷんに怒っていたが、受付嬢のつぶやきを聞くと怒りを収めながら、
(ふん、多少は人間的な部分もあるんだ、あのゲジゲジ!
でも、どうして『紅天女』の脚本の事なんか聞いたんだろう。
どうせ、上演権がほしくて、聞いたんだろうけど、、、)
マヤは、用事が済んだので帰る事にした。
そして、、、数ヶ月が過ぎた。
続く
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