狼の夏 第3部  連載第9回 




 執事が誓いの言葉をと言ったが、それでも速水は黙っていた。

「さあ、誓いの言葉をいいなさい。」

雪子はいらいらと、速水に催促した。

「嫌だね。」

「なんですって!」

「嫌だと言ったんだ!」

雪子が速水の頬を打った。バシッ!
速水は、雪子に好きなように打たせた。
雪子をいらいらさせる為に。

「さあ、いいなさい!」

「・・・」

それでも、速水は黙ったままだった。
もう一度、打とうとした雪子の手をさっと掴むと、速水は雪子の頬をしたたかに殴った。
雪子が悲鳴をあげて、倒れるのを横目で見ながら執事を殴り倒す。
後ろから打ちかかって来た大男を背負い投げで投げ飛ばした。
だが、大男に捕まった。
後ろから羽交い締めされたが、なんとか掴んだ燭台で大男の顔を殴った。

「グアアー!」

大男が悲鳴をあげる。
燭台が目にあたったらしい。大男の手が緩んだ。
速水は、大男の手を振りほどくと、さらに燭台を大男の頭に振り下ろした。
大男が気絶するまで殴った。
殴り掛かって来た雪子に手刀を振り下ろして気絶させる。
大男をベルトで縛り上げ、猿ぐつわをかます。
花嫁のベールを割いてロープにすると、雪子も同様に縛り上げた。
更に礼拝堂の控え室に雪子を放り込み椅子をバリケードにして閉じ込める。
執事が腰を抜かしているので、2、3度頬をはって、問いただす。

「言え! どうやって外部と連絡を取ってる? 島には、後何人いる? ここはどこだ?」

「む、無駄です、こんな事をしても、、、あ、あなたは逃げられません。」

「何故だ?」

「外部との接触は、お嬢様しか出来ないのです。方法はお嬢様しか知りません。」

「くそお!、後、何人いる?」

「メ、メイドが2人とコックです。」

速水は自分の予想と一致していたのでほっとした。

「それだけだな。」

と念を押して聞く。執事は、黙ってコクコクと頷いた。
執事を縛り上げ、手刀を打ち降ろして気絶させる。
燭台を武器がわりに持ち、執事のポケットにあった鍵を奪うと礼拝堂に鍵をかけ母屋に戻った。

(まずいな、こっちは一人、相手は三人。)

玄関から入る。
中はしんとしている。
食堂に行くと、祝宴の用意がされていた。
メイドが二人、隅に控えている。
速水は、厨房にいるのがコックだけだとわかると堂々と厨房に入りと何も言わずにコックに近づいた。
コックが振り返ったが、燭台で殴って気絶させた。コックを縛り上げる。
厨房から包丁を1本抜き取り、他の武器になりそうな物はすべて大型冷凍庫に放り込んで水をかけた。
これで、簡単には取り出せまい。

その時、後ろから叫び声が聞こえると共に何か飛んできた。
とっさに、避ける。飛んで来たのは鍋だった。
速水は包丁をもって、ひとっ飛びでばあさんメイドの側によると腕を捕まえ包丁を首にあてた。
若いメイドが逃げ出した。

「逃げるな! 逃げるとばあさんを刺すぞ」

速水は怒鳴った。メイドは仕方なくその場に立ち尽くした。

「おい、ばあさん! 俺は誘拐されたんだぞ! 帰りたいだけだ。」

ばあさんメイドは、えっという態度になった。

「お嬢様から、ここで結婚するからと言われて、準備したんですが、違うのでしょうか?」

「違う! 俺は、誘拐されたんだ。勝手に連れてこられたんだ。」

「私達は何も聞かされてないのでわからないんです。」

ばあさんメイドは、狼狽えている。

「外部と連絡を取りたいんだ。ここには、電話はないのか?」

「無理です。お嬢様しか、電話は出来ないのです。」

「あのお嬢様は正気なのか? 人を誘拐するような真似をして。」

「私達は何もわからないんです。本当です。お嬢様付きに選ばれてここで、生活しているんです。テレビは映りますし、1ヶ月に一度、定期船が来ますので、交代で休みを取るんです。」

「俺は、どうやって運ばれて来た? ここはどこだ?」

「ヘリコプターです。2、3日前にヘリコプターの音がしました。ここは、伊豆半島の沖合で、錦ヶ島といいます。」

「お嬢様の部屋へ案内してくれ。」

速水は、若いメイドとばあさんメイドに雪子の部屋に案内させた。
速水は、メイド達を先に入らせた。
速水は、部屋に入るとぎょっとした。
速水の写真が壁一面に貼られていたのだ。
雪子の狂気が伺える。
メイド達を、付属の浴室に閉じ込めると、雪子の部屋を物色した。
鍵のかかったライティングデスクがあったので、燭台を使ってこじ開ける。
案の定、電話とパソコンが出て来た。
だが、電話にダイヤルが無い。内線用の電話だ。
下手に受話器を取れば、どこかに繋がっている敵に異変が起きた事がばれる可能性がある。

「くそ!」

速水は、浴室から、ばあさんメイドを出すと、

「お嬢様はいつも、なんて言って電話をかけていた?」

「知りません。本当です。私は掃除専門なんです。お嬢様と言葉を交わす事はありません。」

「おい、そこの若いの、あんたはどうだ?」

「この子は、口が聞けないのです。」

「筆談は?」

若いメイドは、振るえる字で何も知りませんと書いた。
仕方がないので二人を浴室に戻すと、さらに、雪子の部屋を物色する。
速水の身上調査書が出て来た。更にスケジュール表。

(スケジュール表? 大都芸能のコンピュータがハッキングされていたのか?)

速水はパソコンの方を試して見る事にした。
起動すると問題なく動いた。
パスワードを要求されなかったのでほっとした。
ネットにつなぎ、無料のWEBメールサイトで新規のメールアドレスを作成。
部下にメールを打とうとしてはっとした。
部下達のメールアドレスを覚えてないのだ。
唯一覚えているマヤのメールアドレスにメールを打った。
だが、一向に返信が来ない。
そうか、見慣れないメールは総てカットするように設定してあったのだ。
次に、大都芸能のサイトにアクセス、問い合わせのページを表示。
今、作ったメールアドレスを入力。
自分が社長の速水である事を証明するいくつかの事柄を書いた。
それから、事情を記入して送信。
担当者が水城にこのメールフォームを回してくれる事を祈った。
その時、オッキーの事を思い出した。だが、速水は迷った。
オッキーに接続すると接続履歴がパソコンに残ってしまう。
緊急事態なので、後でパソコンを破壊する事にしてオッキーに接続した。
接続すると、オッキーは、いくつか質問してきた。
速水である事を確認したのだろう、速水が誘拐されてからの出来事を画面に表示した。
近衛家の者と速水家の者がそちらに向かっていますというメッセージが最後に出た。
オッキーに伝言を頼んだ。

  「マヤ、心配しなくていい。明日の結婚式までには必ず帰る。
   君の花嫁姿を楽しみにしている。愛している。心から。」

その上で、オッキーに、このパソコンの内容を調べるように命じた。

(助けが来る。)

速水はほっとした。
ほっとすると、着せられている白のタキシードに嫌悪感を覚えた。
部屋に戻り、自分の服に着替える。
それから、厨房に行き、食べ物を見繕うと食堂で腹ごしらえをした。
もう一度、パソコンに戻り、メールのチェックをすると水城から連絡が入っていた。
オッキーから持たらされた情報とほぼ同じで、まもなく、執事の朝倉がこちらに到着するとの事だった。
速水はオッキーにパソコンの情報を調べた後、アクセスした内容を消去出来るかと聞いた。


O:ご心配に及びません。総て跡形も無く消去しておきます。

H:復元ソフトを使っても復元出来ないように出来るか?

O:はい、出来ます。ご心配でしたら上から嘘の情報を書き込んで置きましょう。復元したとしても意味のない情報です。


オッキーに、作業を命じると速水は雪子の部屋を後にした。
その時、遠くにヘリの音がした。



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