狼の夏 第3部  連載第2回 




 真澄に連れられて、速水邸に行ったマヤには更に驚く事が待っていた。

「パフェおじさん!」

英介は、小さな声で、バレたかと独り言を言うとすぐに大きな声で、にこにこと笑いながら言い放った。

「やあ、お嬢さん! まさか、あなたが儂の息子の嫁になってくれるとは思いませんでしたよ。」

それから、速水に向かって

「真澄、後で話がある。」と言った。

「いいですよ。お義父さん。後で聞きましょう。」

そう言うと、速水は朝倉にマヤを紹介した。

「朝倉、俺の花嫁だ。どうだ、お前が用意した見合い相手よりずっときれいだろう。」

と自慢した。
マヤは真っ赤になりながら、それは言い過ぎですと速水の上着のすそを引っ張りながら呟いた。
朝倉は、朝倉ではっと言って頭を下げた。
速水は、朝倉に家政婦を一人か二人、自分の新居に手配するように言いつけた。
それから、マヤを別室に連れて行き朝倉に相手を頼むと英介の元に引き返した。
英介は開口一番、

「真澄、あの紅天女上演委員会というのはなんだ!」と怒鳴った。

「あれですか? 上演権は主演女優が持ちますが、上演を許可するのは、委員会の長である僕だという事です。
 僕が、イエスと言わなければ、例え主演女優が上演すると言っても出来ないんですよ。
 だが、上演する事による権利金は主演女優に入るようになっています。
 それが、何か?」

「つまり、こういう事か?
 上演権を持つ意味を無くしたという事か?」

「そういう事です。これで、主演女優に振り回される事はなくなりました。」

「よく、千草が承知したな。」

「月影先生は、次代の紅天女達が、上演をきちんと管理できるか心配だったようです。
 姫川が取った場合、問題ありませんが、北島が取った場合、管理が心許ないと思われたようです。
 管理をまかせてほしいと言ったら快く承知してくれました。」

実際は、上演権を不当に取り上げ、それを盾に同意に持ち込んだ真澄だったが、英介に言う必要の無い事だった。

「それで、大都の利益になるようになっているのだろうな。」

「収益は福祉団体に入るようになっていますが、グッズの販売益が子会社を通して大都に入るようになっています。
 世間から見たらわかりませんが。
 また、福祉団体も巧妙に大都系列の事業団体が含まれています。
 老人ホームの類です。回り回って大都の利益になるようになっています。」

「なるほど、、、、。
 一体、あの、『月光座』というのはなんだ。
 なぜ、大都劇場で出来んのだ?
 そんな条件を何故飲んだ?」

「月影先生は、尾崎一連を死に追いやったあなたを許せないそうです。
 それで、僕の方から提案しました。
 大都劇場の名前を出さないようにするのであれば、どうですかと。
 そしたら、月光座にしてほしいとご希望を言われて。
 先生にして見れば、無理難題を突きつけたつもりだったようです。
 だが、それぐらい、看板の架け替えで対応出来ますので、、、。
 お義父さん、お義父さんは月光座を随分汚い手を使って手にいれたようですが、月影先生に劇場一つ月光座にして返してやったらどうです。
 そうすれば、少しは月影先生もお義父さんの事を見直すと思いますが。」

「な、何を言う! 今更、そんな事が出来るか! それに千草は受け取らん。昔からそうだ。高価な贈り物はいつも返された。」

「、、、まあ、僕が口出しする事ではありませんが、、、、。
 話は戻りますが、大都劇場の看板を架け替え月光座にする事で、少なくともライバル会社を出し抜く事が出来ました。
 それに、次代の紅天女は、僕の妻になる事を承知してくれました。
 上演権による利金は間接的に速水の家に入ってきます。
 ですから、以前から申し上げていたのです。
 北島が主演女優を獲得しても問題ないと。」

速水は、遠回しにマヤに惚れて結婚するのではなく、あくまで上演権の為だと英介に臭わせた。
自分が誰を最も愛しているか、自身のアキレス腱となる情報を英介に告げるつもりはなかった。

「おまえは、、、、。
 結婚を申し込むつもりだったのか!」

「はい、試演まで見合いをしたくなかったのはそういう理由です。
 北島が結婚を承知してくれるかどうかわからなかったので。」

 実際はマヤの気持ちを知っていたから出来た事だが、もちろん、速水は英介にその話をするつもりはなかった。

「北島が、結婚を承諾しなかったら、その時は、専属女優にする為に必死に口説いたでしょう。
 前回の契約時の損害賠償をちらつかせて。」

「それならそうと言えばいい物を、、。
 ・・・う〜むむ、まあ、いい。
 納得出来ない所もあるが、概ねいいだろう、、、。
 ところで、おまえ、さっき、新居とかなんとか、朝倉に言っておったが、どういう事だ。」

「新婚用に新居を買ったんですが、それが、何か?」

「何故、ここに住まん?」

「これでも、お義父さんに気を使ったんですよ。
 新婚の二人が目の前にいたらあてられるでしょう。」

と言って速水は笑った。

実際は、英介と仕事で対立するようになった場合、マヤを人質に取られたら動けなくなるというのが理由だったが、速水は、さも孝行息子のような顔をしてはぐらかした。
義父と全面戦争をするのは、まだ、先だと速水は思った。だが、これが最初の一歩なのだと速水は思っていた。
紅天女の上演を義父でもなく、大都芸能でもなくこの俺が総指揮を取って行う。
これこそ、復讐の第一歩なのだと。だが、ふと、疑問を抱いた。
復讐。なんに対する? もちろん、母をないがしろにした仕打ちへの復讐。
誘拐された時、俺を見捨てた義父への復讐。
だが、今となってはどうでも良くなってきている真澄だった。
老いた義父。車椅子の生活を余儀なくされている義父。
「紅天女」、月影千草への妄執で人生を狂わされた義父。
結局、「紅天女」を手に入れられなかった義父。
これ以上の復讐をする必要があるだろうかと、ふと迷う真澄だった。

速水の実家への挨拶が終わると、二人はマヤの母、春の墓へ報告に向かった。
そして、マヤの言葉が速水のトラウマを、優しく癒したのだった。

それから、二人は、式場と披露宴会場を見て回った。
式は教会であげる事になっており、マヤは、荘厳な教会を見て、ただただ「素敵!」と言うだけだった。
次に見た披露宴会場も、また、素晴らしかった。プールのある邸宅風の建物は、すごくおしゃれだった。
そこで、速水はマヤをウェディングプランナーに紹介した。
招待客のリストは、既に出来ており、後はマヤの方の招待客をチェックするだけだった。
速水は、マヤにその場でチェックするよう促した。招待状を早く発送しなければならない。

マヤは速水に

「速水さん、手際よすぎ!」

と、言って呆れた。
だが、そう言いながらも嬉しそうで、喜々としてリストに向かった。
マヤの招待客は、ほとんどが、劇団「つきかげ」と「一角獣」のメンバー、高校の友人だった。
姫川亜弓や黒沼先生は、速水のリストに入っていた。
そして、困ったのが月影先生だった。

「速水さん、月影先生、きっと、パフェおじさん、じゃない、速水会長と顔を会わせたくないと思う。
 でも、あたしに取っては親代わり。お式には来てほしい。」

「月影先生には、二人で一緒に招待状を持って行こう。その上で先生のご意志を尊重しよう。」

二人はこうして、招待客を決めると早速、発送して貰った。

速水とマヤは、招待状を持って、月影先生の元を尋ねた。
演劇協会理事長の別宅で起居している月影千草は、体調がいいようだった。
マヤは、千草にまず、「紅天女」の主演女優に選んでくれた事に、再度礼を言った。
それから、速水との婚約を報告した。
そして、招待状を渡し、ぜひ、出席してほしいと頼んだ。

「そうね、仕方ないわね、マヤ。お式にはでましょう。だけど、披露宴は、、、勘弁して頂戴。
 真澄さん、あなたのお義父様とは出来るだけ離れた席にしておいて。それなら出席するわ。」

「承知しました。先生、出席を承諾していただきありがとうございます。」

速水とマヤは、月影に礼を言った。
速水は、マヤの希望を叶える為なら、少々の無理は聞くつもりでいた。

それから、速水はマヤを元のアパートに連れて行くと、荷物をまとめさせた。
青木麗が居たので、速水は、
「青木君、頼みがあるんだが、、、。」
そう言って、麗に、結婚式まで、新居にマヤと同居してほしいと頼んだ。

「このアパートでは、安全を確保できないんだ。
 それに、いくら結婚するからと言って同棲するわけにはいかない。
 マヤが寂しがるんだ。
 青木君、マヤが新しい環境に慣れるまででいいんだ。
 同居してやってくれないか?」

「速水社長、わかりました。お引き受けしましょう。」

麗もまた、マヤの事が心配だったのだ。
こうして青木麗はマヤとしばらく新速水邸に同居する事になった。
速水は、新居にマヤと麗を伴って戻ると、マヤにボディガードを紹介した。
そして、出かける時は必ずボディガードと一緒に出かけるようマヤに注意した。
それから、マヤを抱きしめると帰って行った。
次の休日に会う約束をして。


マヤと二人になると麗は、

「すごいね、マヤ。さすが、紫のバラの人だ。このビル一棟まるまる新居に購入するなんて。
 なんて人だい!」

と言ってあきれた。

「なんだか、速水さんすっごく急いでて、今日、招待状発送したんだ。」

「マヤ、愛されてるだ。」

「そ、そうかな。」そう言いながらマヤは笑顔を抑える事が出来なかった。自然と笑みがこぼれた。

「だって、新春公演があるだろう。11月に結婚して新婚旅行に1週間稽古を休んでもまだ、余裕で稽古出来るじゃないか。」

「へっ!」

「あんた、あの速水さんが、それを考えなかったと思うのかい!
 もちろん、あんたの演技の邪魔にならない日取りを選んでるんだよ。」

「そうか、そうよね。やり手社長だもんね。」

急にマヤは脱力した。

(やっぱり、速水さんは速水さんなんだ。はあ〜。
 それなら、そうと言ってくれればいいのに、、、。)

マヤは、ちょっと切なかった。速水が、自分と早く一緒になりたいとだから急いでいると思っていたのだ。
だが、違った。やっぱり仕事一番の速水なのだとマヤは思った。

(そっか、あたしが、『ただ、愛してほしい』って言ったからかあ。
 公演の日程を考えて決めたって言うと、また、あたしが怒ると思ったんだ。
 ふふ、速水さん、だーいすき(ハート))

マヤは、気を使ってくれた速水が大好きだと思った。
しかし、マヤも麗も速水を誤解していた。
結婚を急ぐ様々な事情があったにせよ、やはり速水は、ただただ、マヤとの「甘い生活」が送りたかったのだ。
だが、誰も、マヤでさえ、麗の言葉によってあっさり自分の考えを捨てたように、速水がマヤとの恋を仕事よりも優先しているとは思わなかったのである。速水にとってマヤは唯一絶対無二の存在だった。その存在とただただ、一つになりたかっただけなのである。

マヤは麗をリビングに連れてくると、あのボタンを押した。
昨日と同様、照明が落ちミラーボールがまわり、スクリーンにカラオケのイメージ映像が流れた。
始まった音楽は、宝塚歌劇団の代表曲「すみれの花咲く頃」。

「なんだ! これ!」

やはり麗が、頓狂な声をあげた。
マヤはまたもや、笑い転げていた。
どうしてこのカラオケはいつもベストな曲を流すのだろうと思いながら。
麗は麗で、

「このカラオケ、こんな曲流すなんて、嫌みかー!!」

と、ぷんぷんに怒っていたが、マイクを持つや開き直って歌いだした。
男らしい、もとい、女性にしては低い声で歌う麗はやはり、男装の麗人がふさわしい。
マヤも二本目のマイクを持つと一緒に歌いだした。

マヤの忙しい一日はこうして終わった。



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