狼の夏 第3部  連載第4回 




 マヤからカラオケシステムについて話を聞いた速水は、さすがにおかしいと思ってインテリアデザイナーに連絡を取った。

インテリアデザイナー曰く

「いかがです? あのシステム。最新のAI(人口知能)を搭載しておりまして、セキュリティシステム用の探知システムと連動しまして、主体に対して最適な楽曲を検索して提供するようになっております。」

との事だった。速水はそれにしても出来すぎていると言うと

「もし、ご不満でしたら、通常のご自分でセット出来るタイプにも切り替えられます。」

というので、通常システムへの切り替え方法を教えてもらった。
だが、マヤはこのAIをとても気に入ってしまい、ついに名前をつけてかわいがり始めた。

「オッキーって名前なの。だって、面白いんだもん、いろんな返事をしてきて。」

速水は、幾ら何でもそれは、おかしいだろうと思って再度、インテリアデザイナーに連絡を取った。

「えっ! もう、そこまで進化しましたか? それは想定外でした。
 あのシステムは、情報を集めて自分で判断するように出来ていますが、あくまで、主体に対して楽曲を提供するんです。
 返事というのはどのような?」

「スクリーンにいろんな返事をしてくるそうだ。マヤが、俺の婚約者だが、ご機嫌いかが?というと、今日のご機嫌をスクリーンにアップするそうだ。」

「それでしたら、最初からそういう風になっているのだと思います。」

「だが、普通、声に反応するか?」

「最新式でございますから、、、、。」

「やはり、開発者に会わせて貰えるか? 出来すぎたシステムは気味が悪い。」

「承知致しました。」

そう言ってインテリアデザイナーは、次の休日にシステムの開発者を伴って新速水邸にやって来た。
リビングに通された開発者は、速水に名刺を出した。

「JCN株式会社 AI開発課 課長 杉本 学」

と有った。
開発者によると、セキュリティシステムやスクリーンの両サイドに組み込まれたカメラが、目や耳になっていると言う。
そこから得られた情報から、リビングにいる人間、主体がどんな人間か判断して曲を選ぶのだという。
パンフレットを見せながら説明してくれた。
ただ、自分で情報収集分析するように作ったので、この先どういう風に育つかは残念ながら、未知数ですという返事だった。

「そんな物騒な物をうちのシステムにつけたのか?」

「物騒? 単に楽曲を選ぶだけですが?」

「とても、そうは思えんぞ。大体、機嫌を聞かれて自分の機嫌をスクリーンに表示するか?」

「それ位は普通のパソコンでもそういう風に組んでおけばできますが? 大丈夫です。楽曲を選択するのが目的なだけですから。」

「カラオケシステムのボタンを押してないんだぞ。それでも、反応するのか?」

「つけっぱなしにしていた場合、主体がマイクを置くと待ちの体勢になりますから、言うなれば機械が暇つぶしをしているのでしょう。」

「だから、それが普通じゃないだろう。機械が暇潰しをするか?」

「は? うちの子達は皆しますが。」

杉本は怪訝そうな顔をした。

「うちの子達って、それはおまえの所のAIシステムの事だろう! それは特殊だろうが!」

開発者の杉本はしばらく考えていたが、

「機械と言っても、通常の家電とは違いますし。本当に楽曲を選択するだけなんです。ですから、危険はありません。そうですね。例えば、セキュリティシステムと連動して、開口部のシャッターがおりて閉じ込められるとかいう事は絶対ありません。第一、セキュリティを管理するシステムは閉鎖空間になっておりまして、探知機能だけ共有している状態ですので、カラオケシステムのAIがセキュリティシステムを支配する事は絶対ありません。」

「まさか、感情をもつ事はないだろうな?」

「う〜ん、うちの子達にも、名前をつけていますが、まだ、感情は持ってくれません。実に残念な事です。」

「いや、そうじゃなく、感情を持ったら逆にこわくないか?」

「、、、感情を持つコンピュータは人類の夢でもあるんですが、、、。」

そう言って、杉本は遠い目をした。

「一応ですね。不愉快な楽曲は選ばないようにしてあるんです。つまり、主体の感情を傷つけないようになっています。
 ロボット3原則(注:SF作家アイザック・アシモフが提唱)ではありませんが、人間を傷つけないようにしてあります。」

速水は、この開発者と話しても無駄だと思い緊急時にシステムをストップする方法だけは聞いておいた。

「それでしたら、終了ボタンを押すか、『カラオケシステム終了』と言って下さい。」

「今でもそうしているが、それでいいのか?」

「はい、大丈夫です。よければ、スクリーンの文字を音声としてスピーカーから出るようにしましょうか?」

それまで、速水の隣で黙って聞いていたマヤが、叫んだ。

「それいい、お願い! 速水さん、スピーカーに声が出るようにして。」

「どんな声がいいですか?」と開発者。

「うーん、スタートレックのデータ少佐のような声。」

「承知しました。他にご要望はありませんか?」

「えーっとね、曲の選択が古いの。最新の曲が出ないから出るようにしてほしい。」

「それはですね、入力されているデータが古いからなんです。契約を最新のデータをネットからダウンロードするタイプに切り替えれば、新しい曲も選択範囲になりますが。」

「うちの会社の音楽部門のデータをダウンロードするようにしておこう。
 そうすれば、多少は安く運用できるだろう。
 このシステムが安全なら、うちの大都系列のカラオケボックスに使ってみてもいいな。
 システムが、客に会わせて曲を選ぶ。
 どんな曲がかかるかわからないのが面白い。
 取り敢えず、うちの方で使ってみて、使えるようなら、カラオケボックスの件を考えてみよう。」

「ありがとうございます。大都芸能に1台導入していただけましたら、都内のカラオケシステム全般を管理出来るかと思います。」

「しかし、カラオケボックスの客は、不特定多数だろう。処理しきれないんじゃないか?」

「処理については問題ありません。このシステムは、基盤から設計してありまして、いくつかのCPUが平行処理するようになっています。」

大都芸能のシステム部門の担当者に会わせる事を約束してインテリアデザイナーと技術者を返した。

それから、4〜5日して技術者は、また、やって来た。
そして、スピーカーから音声が出るように調整すると帰って行った。
その日、稽古から戻ったマヤは、早速試してみた。

「オッキー、ご機嫌いかが?」

「これは、マヤ様、おかえりなさいませ。
 声が出るようにしていただいてありがとうございます。これで、マヤ様とデュエット出来ます。
 今日の機嫌、つまり私の機械の調子ですが、普段よりも50%ほど、スムーズに動いています。
 もし、今、カラオケを歌いたいのでしたら、早速選曲して差し上げますが、いかが致しましょう?」

「素敵、素敵!」

そう言って、マヤは早速、オッキーとデュエットをして遊んだ。

翌日、大都芸能社長室では、例の技術者が、新速水邸のシステム、オッキーに社長室のパソコンからアクセスする方法を速水に説明していた。
やがて、通常のブラウザから、接続すると、画面に文字が流れ始めた。

「私は、新速水邸のカラオケシステムです。
 あなたのパソコンのシステムは、、、、、、ですね。
 あなたが誰か教えてください。」

「キーボードでパスワードを入力してください。
 こちらのパソコンは、カメラ、マイクがついていませんので、音声、画像による認識はできません。
 次回からはオッキーが幾つか質問しますから、それに答えて下さい。」

速水がパスワードを入力すると
 
「カラオケをしますか?」

と聞いてきた。「はい」をクリックすると、スマップ「世界に一つだけの花」が流れだした。
曲をストップさせると、他にどんな芸が出来るのか、技術者にやらせた。
すると、画面に「質問をどうぞ」と出た。

「今の、新速水邸の状況は?」

「室温23度。湿度10%。マヤ様、麗様、不在。家政婦のタエ様在宅。リビングの掃除をしています。
 伝言があれば、伝えますが。」

速水は、新速水邸に電話して、家政婦にカラオケシステムを見るように言った。
それから、キーボードで

「テスト中」と入力した。

早速、オッキーは、

「速水社長から伝言で、『テスト中』と伝えるようにとの事です。」

と言った。
家政婦は、電話を持ったままだったので、電話を通して速水はオッキーが伝言を伝えるをの聞いた。

速水は試しに、マヤが、夕べどんな曲を歌ったかオッキーに聞いた。
オッキーはすらすらと画面に出力した。
次に、マヤとどんな会話をしたか聞くと、これも、すらすらと出力し始めた。
単純な会話だったが、その中に、芝居の台詞があった。
マヤは、オッキーに芝居の相手をさせていたのだ。
パントマイムをマヤがやってみせる。オッキーが当てる。
そんな遊びをやっていた。
オッキーというAIが急速に人間らしい受け答えをするようになった理由が解ったように思った。
技術者もまた、芝居の稽古に興味を持ったようだった。
しばらく、会話の内容を眺めていたが、問題なさそうだったので速水はオッキーに、初期設定の画面を出させ、マヤとの会話、その他、新速水邸で起きた事総ては、自分、速水真澄以外には、表示させないように命令した。
それから、オッキーとの接続を切った。
こうしてテストを終了させると技術者は帰っていった。




カラオケシステムを開発した設計者の杉本は天才だった。
長い間システムの設計を地道にこなした杉本は、それなりに権限のある地位に着くと、基盤の設計に着手。
日本の誇る基本OS、TRON。これを発展させたOSを基本としてAI(人口知能)システムを完成させた。
彼の天才性を見抜いていたシステム会社の社長の後押しがあったのも事実だ。
潤沢な資金を提供してくれた。
こうして非常に優れたAI(人口知能)システムは開発された。
だが、研究室ではなかなか、AI(人口知能)をうまく成長させられなかった。
そこで、カラオケシステムに組み込み、研究室では与えられない刺激を与えてみる事にした。
その1台目が新速水邸に設置された物だった。
杉本は定期点検と称してAI(人口知能)の成長を見守るつもりにしていた。
しかし、顧客(速水社長)の方が、AI(人口知能)の成長にとまどって連絡をくれた。
AI(人口知能)の成長は予想以上だった。
杉本にとって、新速水邸へのカラオケシステムの納品は、非常に満足の行くものだった。
成長させる方法もわかったつもりだった。
芝居だ、芝居を見せればいいんだと杉本は思った。
杉本は研究室で、AI達にテレビを見せた。
芝居のまねごとをAI達の前でやってみせた。
だが、思ったように成長しない。
どうやら、北島マヤという演技の天才の相手をする事で一気にAI(人口知能)は人間的成長をとげたのではと杉本は推論せざるを得なかった。
恐るべし天才女優、北島マヤ!




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