狼の夏 第3部 連載第5回
マヤは、リビングで大きくため息をついた。
麗は、マヤが新居になれた事、オッキーという遊び相手が出来た事もあって、以前のアパートに戻っていた。
退屈していたマヤは、ふと、独り言を言った。
「あ〜あ、速水さん、今頃、何してるかな〜。」
すると、オッキーが返事をした。
「速水社長はただいま、○○社主催のパーティに出席されています。」
「どうして、そんな事がわかるの?」
「速水社長が出席されているパーティ会場のセキュリティシステムは当社の物です。
そこの防犯カメラと繋がっていますから。」
「へえ〜。誰でも、わかるの?」
「いいえ、他の方の事はわかりません。登録されていませんから。
しかし、速水社長、マヤ様、麗様、家政婦のタエ様、その他のボディガードの皆様は登録されておりますので、追跡する事は可能です。」
「ふーん、もしかして、今、速水さんが写っていたら、その映像もここに出せる?」
オッキーはしばらく返事をしなかった。
それは、人間で言う所の躊躇という物だったかもしれない。
「それは、まだ、やった事がないので、むづかしいかもしれません。
しばらくお待ち下さい。」
しばらくすると、速水の映像が現れた。パーティ会場から足早に出て行く所だった。
珍しく感情が顔に出ている。不機嫌そうだ。
「へえ〜、すごい! すごい!」
やがて、カメラの視界から出てしまったが、今度は別のカメラが速水を捉えていた。
パーティ会場から車に乗り込む所が映った。
「お車の中のカーナビゲーションシステムにカメラをつけていただきますと、車の中の速水社長を映す事が出来ます。」
「ふーん、速水さんに今度、聞いて見る。」
「いかがです? カラオケをして遊びませんか?」
マヤは、オッキーの誘いに乗って、歌って遊んだ。曲は、フィンガー5「学園天国」
マヤは、オッキーが、自分を励ます為に元気の出る曲を選んでくれた事がわかった。
(オッキーって優しい!)
マヤはそう思った。
実は、オッキーはマヤに見せていなかった。
速水が女性と話をしている姿を。
相手の女性が、しつこく速水につきまとい、腕に手をかけ、速水に媚をうっている映像を。
オッキーはマヤを傷つけてはいけないと思いその映像を見せなかった。
設計者の杉本が知ったら、狂喜乱舞しただろう。
主体を傷つけてはならないというロジックが極めて稀な状態で発現した瞬間だった。
一方、速水に媚をうっていた女性。それは、あの芸能週刊誌に情報をリークした女だった。
話は1ヶ月程前に遡る。
今日と同様に速水は、あるパーティに出席していた。
そこに、一人の女性が現れた。
近衛雪子。
元華族のお嬢様。年齢は、24歳。黒髪が美しい日本美人。その日も豪華な振り袖を着ていた。
性格は行動派、ほしい物は必ず手に入れるという意志の強い、だが思い詰める傾向がある危険な女。
雪子は速水と紫織がコンサートを見に来ている会場で、速水にパンフレットを拾って貰って一目惚れ。
速水の婚約者が鷹宮紫織だったので、その時はあきらめた。
だが、婚約を解消したと聞き、人を通じて速水の家に見合いを申し込んだのである。
速水は断ったが、それでもしつこく見合いを申し込んで来ていた。
そして、とうとう直接速水とコンタクトを取ろうとパーティに参加していた。
「速水様、速水様ですね。お初にお目にかかります。近衛雪子と申します。
あの、お見合いを断られたのですが、ぜひ、一度お目にかかりたく、本日参上致しましたのよ。」
「見合いの話は断ったと思いますが、、、。」
「ええ、理由は、鷹宮紫織様を忘れられないからと伺っております。
でも、そのままでいいのです。
鷹宮紫織様を忘れられないのは当たり前ですわ。
あのように優れたお家の方なのですもの。
紫織様を忘れられないあなたが好きなのです。
私とお付き合いしていただけませんか?
私と付き合えば、きっと私の良さを解っていただけますわ。」
「残念ながら、今、結婚は考えていませんので。」
速水はそう言って、その場を立ち去った。
しかし、近衛雪子は、その後もしつこく速水の前に現れた。
マヤとの婚約を発表した3日後、とあるパーティに出席していた速水の前に、またしても近衛雪子が現れた。
速水が婚約した話をすると
「ええ、お聞きしました。でも、相手は女優さんでしょう。
速水様には相応しくありませんわ。
きっと、私と付き合う前だったので、お心が迷われたのですね。
私と付き合えばきっと、私をお選びになる筈ですわ。
そうでしょう。」
と言ってにっこりと笑った。
速水は、(この女、何を勘違いしているんだ)と思ったが、近衛の人脈を考えて邪険にはせず、丁寧に言った。
「残念ながら、その女優は、最高の女優なのです。
そして僕は、心から彼女を愛しています。
近衛さん、お気持ちは嬉しいですが、そういう事ですので。」
と言って、その場を立ち去ろうとした。
だが、雪子は食い下がった。
「ですから、それは、私という人間をご存じないから間違われたのですわ。
私こそ、あなたの伴侶ですのに。」
「いいえ、間違っていません。彼女こそ、僕の魂の片割れ、唯一無二の存在です。」
速水は、そう言い捨てると今度こそ、その場を離れた。
(思い込みの強い女だな、、、。婚約したのだから、その内あきらめるだろう。)
と思った速水だったが、その読みは甘かった。
近衛雪子は、その後、隙あらば、速水の前に現れた。とうとう、速水は朝倉に不満をぶちまけた。
「近衛雪子というのは、どんな女だ。断っても断っても俺の前に現れるぞ。
なんとかしろ。鬱陶しくてかなわん。」
「近衛雪子様は、元華族、近衛家の流れを汲む由緒正しいお嬢様でございます。
当方から、お見合いはお断りしたのでございますが、、、。
まさか、真澄様に直接会いに行かれるとは思っておりませんでした。
すぐに、人を通じましてご実家の方に苦情を申し入れます。」
朝倉は、早速、人を通じて、近衛家に苦情を申し立てた。
そのせいか、諦めたのか、速水の前に近衛雪子は現れなくなった。
そんなつまらない事が速水の身辺で起きていたが、速水とマヤは、ラブラブで、速水の時間の許す限りデートを重ねた。
速水の誕生日、マヤは、家政婦のタエさんに手伝ってもらって初めてケーキを焼いた。
いや違う。家政婦のタエさんがほとんど作ってマヤが飾り付けを手伝ったケーキ。
速水の為に、上等なブランデーをたっぷり使ったチョコレートケーキ。
オッキーがハッピーバースディのカラオケを流す中、ケーキの上に立てられた33本のロウソクを速水は一息で吹き消した。
速水の願い、二人の幸せがいつまでも続きますようにと思いながら。
そして、ロウソクが取り払われたケーキはその大部分がマヤのお腹を満たし、甘い物が苦手な速水には好物の料理とシャンパンが速水の胃と心を幸福で満たした。
懸案だった新婚旅行先もオーストラリアに決まった。
二人はラブラブだった。
そして、結婚式を3日後に控えた或る日。
速水は忽然と姿を消した。
続く
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