狼の夏 第3部  連載第7回 




 「速水さんが誘拐された!」

明後日に結婚式を控え、その日から休みを取っていたマヤは執事の朝倉から連絡を貰って愕然とした。
英介は、マヤに知らせるかどうか、迷った。
だが、もしかしたら、マヤに何か心当たりがあるかもしれないと思い、朝倉に連絡させた。
しかし、マヤには心当たりはなかった。
朝倉は速水が誘拐された状況を手短かに説明すると電話を切った。

マヤは、朝倉の説明にしばし呆然とリビングに佇んでいた。
すると、オッキーが話しかけてきた。

「マヤ様、お顔の色が優れませんが、どこか具合でも悪いのですか?」

マヤは、思わず、オッキーに相談した。速水が誘拐された事を。

「承知しました。速水様をお探しすればいいのですね。
 速水様のスケジュールによりますと、大都芸能で会議に出席されている予定ですが、おられないようです。
 今日は急病となっています。
 速水邸の方には、パソコンも監視カメラもないので探しようがありません。」

そこで、マヤは、朝倉の話に出て来た車が放置されていた駐車場の住所を言った。
何か手掛りは無いかと。

「速水様のお車の映像を見つけました。」

オッキーは、なんと駐車場のビデオを映して見せた。
マヤは、オッキーが速水を探すのに役立つかもしれないと思い英介に電話しようと思ったが、やめた。
英介にはAI(人口知能)の事はわかるまい。だが、聖ならわかって貰える。
そう思って、聖に連絡をして来て貰った。
家政婦のタエさんとオッキーには、週間ジャーナルの松本さんと紹介した。
聖は、最初は半信半疑だったが、実際にビデオの映像を見ると愕然とした。
オッキーは、どこからダウンロードしてきたのか、画像処理システムでビデオの荒い画像を処理していた。
聖は犯人の顔を出来るだけ拡大させた。
しかし、犯人は帽子を目深にかぶりマスクをしていた。

「これでは、顔が判りませんね。マヤ様、何か、心当たりはありませんか?」と聖。

「本当にないんです。ね、オッキー、速水さんを誘拐するような人に心当たりなんてないわよね。」

オッキーは、聖に

「松本様、お話したい事があります。マヤ様、席を外して貰えませんか?」と言った。

「どうして? あたしには話せないこと?」

「マヤ様、ここは、おまかせ下さい。」

聖はそう言って、家政婦のタエさんにマヤを別室に連れて行かせた。

「私はマヤ様を傷つけないように設計されています。
 速水様の映像なのですが、マヤ様が傷つくかもしれませんので、お話できませんでした。」

「どんな映像ですか?」

オッキーは、近衛雪子が速水にまとわりついている映像を見せた。

「私は、まだ、人間について研究中ですが、この映像がマヤ様を傷つけるかもしれない事はわかります。」

「オッキー、君の判断は正しい。確かに、尋常な様子ではありませんね。早速、この女性について調べてみましょう。」

「既に調べてあります。近衛雪子様です。」

そう言ってオッキーは、住所、電話番号など近衛雪子の個人情報を画面に映し出した。
次に、プリンターに情報をアウトプットした。

「これは、すごいですね。では、近衛邸の防犯カメラの映像を出せますか?」

「残念ながら当社の製品ではありませんので無理です。」

「では、近衛邸周辺の防犯カメラの映像はどうです。」

「承知しました。
 先ほどの男とよく似た背格好の男が近衛邸に出入りしています。
 こちらをご覧ください。」

そう言って、オッキーは、近衛邸の近くにある防犯カメラの映像を映して見せた。
1週間ほど前の映像だった。先ほどの犯人とよく似た背格好の老人が映っていた。

「しかし、昨日から今日にかけて近衛邸には戻っていないようです。
 また、昨日から今日にかけて、近衛雪子様も自宅には戻られていないようです。」

「では、どちらに。」

「近衛雪子様のお車の映像を見つけました。最新の映像によりますと、伊豆の石廊崎付近に設置された防犯カメラに映っています。
 石廊崎に、近衛家ゆかりの別荘があります。こちらをご覧ください。」

そこには、近衛雪子の車が映っていた。車の中は見えない。しかし、その後、この車が同じ地点を逆向きに通過したと言う映像もなかった。

「近衛雪子の車は、こちらの別荘にあるようですね。」

「松本様、こちらの映像もご覧ください。」オッキーは別の映像を映し出した。

それは、別方向から別荘を取った映像だったが、ヘリコプターが別荘内に降下、すぐに、飛び立った映像だった。
昨夜の映像である。行き先は南、海の方角だった。

「伊豆半島沖に、近衛家縁の土地があるのでしょうか?」と聖。

「近衛家は、大手重電メーカーの大株主となっておりまして、その関連施設がございます。こちらの錦ヶ島です。」

「先ほどのヘリコプターの画像ですが、誰が乗っているか、わかりますか?」

オッキーは、ヘリコプターの画像を処理したが、ヘリの内部までは見えなかった。
聖は英介に近衛雪子の件を報告した。
執事の朝倉は、英介から近衛家の関与を聞くと、すぐに、近衛家との間に立ったA夫人に連絡を入れた。
時刻は既に3時を回っている。
A夫人は、

「近衛家では、すでに、雪子様にご注意したとの事でございます。
 速水様に突然会いに行くと言う事は無いと思いますが。」

「これからお話する事は内密にお願いしたいのですが、事態はもっと深刻でございまして、雪子様が真澄様を誘拐した節があるのです。」

「そんなことは、、、。馬鹿馬鹿しい。誘拐だなんて、、、。
 お若いお二人ですもの。雪子様はあの通りお美しい方でいらっしゃいますから、どこか、旅行にでも出かけられたのではありませんか?」

「失敬な! 当家の真澄様は、結婚式を2日後に控えて婚約者以外の女性と不埒な行為に及ぶような方ではございません。
 しかも、当家の運転手が、薬をかがされたと証言しておるのでございますぞ。
 とにかく、至急、雪子様と連絡を取っていただきたい。」

A夫人は、朝倉の剣幕に恐れをなして、すぐに連絡しますと言って電話を切った。

夜になって、やっと、近衛家の家令から連絡があった。

「当家のお嬢様が、ご迷惑をおかけしているとの事、大変、申し訳ございません。
 しかしながら、誘拐というような、そんな大袈裟な事はないと存じます。
 ただいま、お嬢様と連絡を取ろうとしておりますが、残念ながら携帯の圏外におられまして、すぐには連絡が付きません。
 石廊崎の当家の別荘番に聞きました所、昨夜、お嬢様がヘリで錦ヶ島の別荘に向かった事は確かでございます
 当家のお嬢様と、錦ヶ島の執事、ボディガード、それと気分を悪そうにしていた男性の4人だったとの事でございます。
 その男性の顔は見ておりません。
 ヘリの操縦士はボディガードが30代くらいの男を抱えるようにして乗せたと言っておりました。
 この男性が速水様かどうかは、確認できておりません。
 大変、申し訳ございませんが、至急、当家の方で、迅速に処理致しますので、何卒、穏便にお取り計らいいただきたいのでございますが、、、。」

「穏便にですと! もし、その男が真澄様でしたら、なんとしてくれるのです。
 明後日には、ご結婚されるのですぞ。
 すぐに、雪子様と連絡を取っていただきたい。」

「それが、その、大変、申し上げにくいのですが、あの錦ヶ島は、こちらから連絡出来ないのです。
 至急、ヘリを飛ばしまして確認させていただきます。」

「そのヘリには、私どもも乗せていただきます。」

「それでしたら、○○飛行場にお出でください。
 用意してお待ちしております。」

そう言って近衛家の家令は電話を切った。
英介は、速水の部下達と朝倉には近衛家の石廊崎の別荘に、聖と影の部下達には、船で至急、錦ヶ島に向かうように指示した。

だが、結局、ヘリの用意が間に合わず、朝倉は、翌朝、錦ヶ島に向かう事になった。



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