狼の夏 第3部  連載第8回 




 一方、誘拐された速水は、近衛雪子に適当に調子を合わせていた。
テラスで雪子と朝食をとりながら、雪子のおかしな話を受け流しながら聞いた。
自分がどんなに優れているか、美しいか、崇拝者がたくさんいるか、、、、。
まったく興味のない話を聞かされるのは苦痛だったが、逃げ出す為だと思って我慢した。
そして、雪子の話の中に脱出のヒントがないか、探った。
遅い朝食が終わると、速水は放っておかれた。
速水は自分が縛られもせずほって置かれるのは、よほど逃げられないようになっているのだと思った。
雪子を人質に取る事も考えたが、あの大男がいる。
他に、何人いるかわからない。取り敢えず大人しくして、チャンスを待つ事にした。
部屋の天井に監視カメラが付いている。
ドアに鍵をかけられていたが、テラスには自由に出られた。
テラスに出ると、速水は時計に埋め込まれている発信器のスイッチを入れた。

(これで、聖が助けに来てくれるだろう。
後は、助けが来るまで時間を稼ぐか。)

テラスから脱出出来ないかと思ったが、テラスの向うは断崖になっており、装具無しに降りるのは無理だった。
上はどうなっているかと思ってみたら、部屋になっていた。2階建ての洋館のようだ。
速水は、無性に煙草が吸いたくなった。
携帯以外の私物は取り上げられていなかった。
速水は、煙草を取り出すと一服した。
薬の影響は、ほぼ抜けたようで頭痛もなくなった。食事をしたので、体調は万全だった。
テラスから、飛び降りられるかもう一度見てみたが、やはり、無理のようだった。
やがて、昼になった。


部屋をノックする音が聞こえると、鍵が開けられ、執事が現れた。
ランチの席に連れて行くというので、ついていった。
軟禁されている部屋は建物の東の端の部屋だった。部屋の前の廊下を挟んで向かいにも部屋があった。
廊下は薄暗く、ひんやりとしていた。
やがて建物の中央らしい所に出た。そこは玄関ホールのようだった。
玄関ホールから、食堂へと向かった。
食堂に入ると近衛雪子が、長いテーブルの上座に座っていた。
速水はその隣に腰掛けさせられた。
ランチはやはり、雪子のつまらない話に終始したが、取り合えず、適当に相手をして過ごした。
最後に、明日は式をどこで挙げるのかと聞くと雪子は喜々として礼拝堂を見せてくれた。
礼拝堂は、玄関から外に出た右手奥にあった。
玄関の前は車停めになっており、遠くに門が見えた。
門に至る道の右側は、庭園、左側は林になっている。

「島を案内して上げましょう。そうすれば、逃げる気も失せるでしょうから。」

速水は雪子の言葉に衝撃を受けた。

(島! 島だと。)

雪子は、玄関脇に停めてあったカートに、速水を乗せると執事に運転させた。
大男のボディガードがすかさず、乗って来る。
玄関を出てしばらく走ると門があった。
門を出て右手に曲がると、そのまま下りになっており、やはり、断崖にでた。
断崖沿いに道が走っていた。そのまま、下って行くと、やがて桟橋が見えてきた。
桟橋に船は無かった。
カートは、桟橋前の広場で方向を転換、今来た道を登り始めた。
門の前を通過して、道なりに登って行くと、ヘリポートがあった。
ヘリポートの横に貯水タンク。南側の斜面には、ソーラーパネルが地面を覆うように設置されていた。
海岸沿いには風力発電用の風車が、幾つも見えた。
そして、それだけだった。
四方八方は海だった。北の方に島影が見えたが泳いでいける距離ではなかった。

「ね、わかったでしょう。
 ここからは脱出できないの。
 ここはね、クリーンエネルギーを研究する施設だったの。
 すでに実用化されたので、研究所は閉鎖、打ち捨てられたのよ。
 私が手を加えて別荘にしたの。
 ふふふ、3ヶ月は自給自足出来るようになっているわ。
 食料は、新鮮な魚が海からとれるし、地下の貯蔵庫に野菜や穀物が保存してあるの。
 あなたはここで、私と二人、ずっと暮らすのよ。」

「貴様!」

速水は、必死で、雪子を殴りたいのをこらえた。

「まあ、怖い顔! さあ、屋敷に戻りましょう。」

速水は、島の様子が大体わかったので、次は、屋敷の中を探ろうと思った。
その上で脱出計画を練るつもりだった。
島である事がわかった以上、発信器の電波が聖に届いているか心許なかった。
雪子は、ここはかつて研究施設だったと言っていた。
という事は、海底ケーブルが来ている筈だ。
だとすると、以外に島は陸地と近いかもしれない。
むろん、それは、俺の希望的観測だがと速水は思った。
屋敷を正面から見るとその建物は、時代錯誤な洋館で、およそ研究施設に相応しくないように思った。
改装したと言っていたがその時、洋館風にしたのだろうと速水は思った。
雪子に建物の中を見せてくれと言ったら、素直に見せてくれた。
見せたからと言って、脱出出来るわけがないと思っている様子だった。
使用人は、どうやら、執事、大男のボディガード、コック、若いメイド、年寄りのメイドの5人のようだった。
建物の内部は、正面右1階が食堂と応接室。2階が雪子や執事、メイド達の部屋。
1階左奥が俺が監禁されている部屋。その前はボディガードの部屋。
後は、図書館や遊戯室だった。
建物の内部を一回りすると、速水は、また、応接室に軟禁された。


その夜、速水は、やはりディナーを雪子と過ごした。
速水を誘っているつもりなのだろう、雪子は大胆に胸の空いたイブニングドレスを着ていた。
ディナーが終わると雪子の成長過程を取ったビデオを見せられた。
どんなに自分が素晴らしい女性か延々一人で話している。
いい加減うんざりしたが、それでも黙って付きあった。
雪子のビデオを見ていて気がついた。
雪子は両親らしい人間と一緒に写っている映像がないのだ。
速水は朝倉の調べた雪子の家族関係を思い出した。
近衛雪子の両親は、父親は出版関係の会社の社長、母親は離婚後、パリで優雅に暮らしている。
祖父は、近衛家の総帥、鷹宮とは別の意味で日本の政財界に関わっている。
自衛隊、警察関係に顔がきくと聞いた。
本人の自慢話によると、お茶、お花、日本舞踊に秀で、語学に堪能。
3カ国語を話せるという事だった。
だが、確か、大学1年の時、半年ほど休学していた筈だ。
速水は雪子に意地悪く言った。

「あんた、確か、休学してなかったか、大学1年の時。」

雪子は、びくっとした。
速水の思った通り、それは雪子の古傷のようだった。

「休学していたから、どうだと言うのです。
 病気だったのですわ。
 この島で静養していましたの。」

「ふーん、それで、一体、何の病気だったんだ。」

「まあ、私に興味を持っていただけますの。
 嬉しい事。
 でも、私、その事はお話したくございませんの。
 2度とおっしゃらないで。
 もし、今度、同じような質問をしたら、ボディガードにお仕置きをさせますわよ!」

速水は、肩をすくめた。取り敢えず、相手の弱点が1つわかったので、黙る事にした。
もう少し会話を続けて、相手を支配出来る情報を引き出したかったが、急に眠気に襲われた。
最後のコーヒーに薬が入っていたのかと思ったのを最後に気を失った。



翌朝、速水の元に執事がやってきた。花婿用の白のタキシードを持って。
執事の給仕で朝食を食べた。
速水は、白のタキシードに着替えさせられると、昨日見た礼拝堂にボディガードによって連れてこられた。
執事は、控え室に消えると、神父の服装に着替えて現れた。雪子は、ウェディングドレスを着て祭壇の前に立っている。
大男は、速水を雪子の隣に立たせると、隅にひっそりと移動した。
執事が結婚の誓いの文言を読み上げる。

「新郎速水真澄、あなたは
 新婦近衛雪子が
 病めるときも、健やかなるときも
 死が二人を分つまで愛し合う事を誓いますか?」

速水は黙っていた。



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