ロマンチックは似合わない    連載第4回 




 マヤは借りた家に「つきかげ荘」と命名。劇団「つきかげ」のメンバーと共同生活を送っていた。
つきかげ荘はあたかも梁山泊のように若手演劇人のメッカになった。常に誰かが尋ねて来ては、演技や芝居を熱く語った。劇団一角獣のメンツのみならず、桜小路優や姫川亜弓までが気楽につきかげ荘を訪れ議論に加わった。庭に張り出したサンルームが小さなステージとなり、即興の芝居が演じられた。
里美茂がその輪の中に自然ととけ込んで行ったのも無理のない話だった。
 桜小路優はマヤから交際を断られた時、潔くマヤを諦めた。良い相手役に撤した桜小路は演技に開眼、役者として一流になった。そんな桜小路の元にやはり成長した舞が戻り、二人は依りを戻した。今、桜小路は舞と同棲している。そんな桜小路に里美が聞いた。

「君は一真役をやって芝居と現実と混同しなかった? 好きだったんだろう、マヤちゃん」

桜小路は、瞳を陰らせた。

「マヤちゃんは『紫のバラの人』に恋をしているんです。一度も会った事のない『紫のバラの人』に……。僕は結局適わなかった。マヤちゃんに交際を断られて僕は目が醒めたんです。……あの時は随分悩んで……、一真役という難しい役に挑戦している最中だったから僕は乗り越えられたんだと思います。今はいい友人です」

里美茂は桜小路の気持ちがよくわかった。
急激にスターになったマヤの周りで陰謀が渦巻き、そのとばっちりを食ったのは里美茂だった。里美はマヤへの恋心を忘れる為、アメリカで必死になって芝居に打ち込んだ。今、日本に戻って来て里美もまた穏やかな友人としてマヤに接している。
 ただ、あの喫茶店でふいに目の前に現れたマヤに、頭を殴られるような衝撃を受けたのも事実だった。
マヤを忘れたと思っていたのに、大人になったマヤに出会ってしまった。
マヤに同席を断られた時、彼女には恋人がいるのだと直感的に思った。相手が速水社長だとわかった時、数年前の情景が蘇った。地下駐車場で「俺は君を許さんぞ!」と言って自分を睨んだ速水社長。あの時、里美は速水がマヤを好きなのではないかと思った。
しかし、喫茶店であったマヤと速水社長は、いかにも仕事の付き合いという感じだった。

――二人は付き合っていないのだろうか?
  だけど、あの眼差しは……。

里美は思った、二人の見交わす視線に隠しても隠しきれない甘さがあったと……。
里美の胸に熱い思いが込み上げた。

――もし、あの後、何事もなくマヤちゃんと付き合っていたら、大人になった彼女の甘い眼差しは僕の物だったのだろうか?

里美はふと、もう一度やり直せないだろうかと思った。


或る日、いつものようにつきかげ荘では宴会が催されていた。
メンツは劇団「つきかげ」、劇団「一角獣」、姫川亜弓、里美茂である。
マヤが何気なく言った。

「あたし、『スターズ』みたいな二人芝居をやってみたい。でも、速水さん、じゃない、速水社長が二番煎じになるっていうのよね」

「相手役は誰がやるの?」

姫川亜弓が聞いた。

「えへへ、里美さん、お願い出来ない?」

「えっ! 僕?! それは光栄だな」

「あら、男女だとそれこそ二番煎じよ。ね、マヤさん、私とやらない」

「亜弓さんと!」

「そう、私と!」

姫川亜弓は話した。男女での二人芝居は遠藤茜と芹沢光一ですでにヒットしている。それなら、女性同士ではどうだろうというのだ。

「でも、あたし、ヒットするとかしないとかは関係ないの。面白そうだからやってみたいの」

「ま、まあ、だったら……、興行的な話はおいておきましょう。ね、私、脚本探してくるからマヤさんも考えておいてくれない」

里美もまた、声をあげた。

「興行に関係ないなら、僕との方がいいよ。そもそも、遠藤茜と芹沢光一がやったような恋物語をやりたいんだろう。僕も脚本を探しておくよ」

姫川亜弓はきっとして里美茂を睨んだ。

「マヤさんの相手役は私が適任よ」

「しかし、女同士で恋物語は出来ないだろう」

「出来るわ。私とマヤさんは親友、でも同じ人を好きになってしまうっていう設定にすればいいわ。あたかも素敵な第三者がいるっていう演技は私たち朝飯前だもの」

演技力という点では、亜弓やマヤには適わない里美だった。里美が返事に窮していると声があがった。

「それなら俺だって立候補したい」

劇団「一角獣」の団長だ。すると、ブーイングが起こった。

「やっぱり、二人芝居なんて贅沢だぜ。みんなも混ぜろ」

「おお! そうだ、そうだ!」

他のメンツも声をあげる。結局、マヤの提案は宴会の騒ぎの中で立ち消えになった。



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速水真澄は、里美茂が「つきかげ荘」に出入りしていると聞き、水城に里美茂の身辺を調べさせていた。

「里美茂の身辺はきれいな物ですわ。
 アメリカで活動するとどうしても、ドラッグの誘惑が多いですが、彼にはそういう形跡がまったくありません。
 数年前のまま、明るい青春スターのイメージのままですわ」

「女性関係はどうだ?」

「向うで付き合っていた彼女はいましたが、きれいに別れています。ダンスに歌とオフブロードウェイではかなり人気だったようです。今回、ご両親の健康不安から帰国したようです」

真澄は報告書に目を通しながら、ふと水城の視線を感じた。目を上げて水城を見るとサングラスの奥の目が光ったように思った。

「なんだ?」

「里美茂はマヤちゃんの初恋の相手ですわ」

「ああ、そうだな」

「マヤちゃんが付き合うにはちょうどいい相手かと……」

「そんな事は君に指摘されなくてもわかっている!」

真澄はつい声を荒げた。息を吐き出して気を沈める。

「……すまない」

水城は上司の癇癪をさらりと受け流した。

「お疲れのようですので、コーヒーをお持ちしますわ」

社長室を出た水城はお茶室でコーヒーを煎れながらほくそ笑んでいた。

――そうそう、嫉妬で燃えて下さい、社長。そして、さっさとマヤちゃんをゲットして下さい。
  信号はすでに青! いいえ、信号なんて跡形もないんです!
  さて、もう一押し、社長の嫉妬を煽って来ようかしら!
  ほーっほっほっほっほ!

水城はコーヒーを盆に乗せると、心の中の笑いをしっかりと胸に納め、社長室に引き返した。



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同じ頃、マヤの元に二冊の脚本が届いた。それぞれ、姫川亜弓と里美茂からだった。
マヤは二つの台本に目を通した。
姫川亜弓の選んだ脚本は、さすが亜弓が選んだだけあって、演技的に高度な技術が要求される脚本だった。宴会の席ではロマンチックな恋物語の話をしていた亜弓だが、いざ、本気で選ぶとやはり演技的に難しい脚本を選んでいた。内容も心理劇といった感じで、二人で一人の人間の表と裏を演じるという物だった。
それに比べて里美茂の選んだ脚本は明るいロマンチックコメディだった。里美が踊ったり歌ったりする場面がある。マヤはそんな里美にパントマイムで絡む趣向になっていた。
マヤは速水に二つの脚本の話をした。

「速水さんは二番煎じって言うけど、興行的な事を考えなければ面白いと思うの」

その日、二人はフレンチのコース料理を食べていた。

「しかし、芸能社の社長としてはヒットするかしないか、君のイメージを壊さないか、いろいろ考えなくちゃならん。……、君がそんなに言うなら脚本は読んでおこう。亜弓君との二人芝居は面白いかもしれんな」

――マヤ、君はそんなに里美と芝居がしたいのか?
  演出家やテレビ局からいろいろオファーが来ているのに……。
  それを蹴ってまで、里美との芝居を取るのか?
  劇場も決まってない、演出家もいない自主制作のような芝居をか?
  もちろん、君は芝居をしたいだけなのだろう。

真澄はマヤをよく理解していた。と、同時に里美茂の気持ちもよくわかった。初恋の相手。それも、相手への想いが薄れて別れたのではない。恋の真っ最中に不幸な出来事で引き裂かれたのだ。簡単には忘れられないだろうと真澄は思った。

――……里美茂はまもなくドラマに出演が決まると聞いている。
  撮影に入れば、マヤと会う時間は減る筈だ。

真澄は、里美茂のスケジュールを思い出し、自身の嫉妬心を宥めた。
マヤが話を続けていた。

「あのね、速水さん、あの、台本読んでもらったらわかると思うけど、あの……、ほら、『スターズ』であった、大人向けの演出。あれはないの。あの、あの、あたしには、まだ、早いかなって……。里美さんも、そんな脚本選んでないし、安心して!」

マヤはあたかも真澄の嫉妬心を見透かしたように言った。
真澄はしばらく返事が出来なかった。
とうとう、真澄は笑って誤摩化した。

「ははは、チビちゃん、俺は気にしてないぞ! 何を気を回している。俺は芸能社の社長だ。芝居に恋や愛は付き物だとわかってる」

「でも……、でも、もしかして、速水さん、嫌かもって……」

「なんだ、気を使ってくれたのか? くっくっく。 君のイメージを落とさない役なら、俺は構わんぞ。だが、確かに、ああいった大人の演出をチビちゃんがやるのは早いな」

「あたし、もう大人です! 大人の女性くらいちゃんと演じられます!」

真澄はまじめな顔をした。

「確かに演じられるだろう。だが……君は映画は見るか?」

「ええ?」

「古い映画だが『男と女』という映画がある。あのラブシーンは決して今の君には演じられない」

「……?」

「ふりは出来るだろう。今はな。あれには、経験がいる。人生という経験が必要なんだ」

「ふ、ふーんだ。どうせ、あたしは人生経験のない青二才ですよーだ! すーぐ、大人ぶるんだから!」

「くくく、チビちゃん、さ、俺のデザートだ。機嫌を直せ」

マヤは差し出されたデザートに仕方なく仏頂面をやめた。真澄はマヤを諭すように言った。

「若い君にしか出来ない演技もある。自分を知る事だな」

マヤは真澄を見上げた。真澄の優しい眼差し。マヤはどぎまぎして、デザートを口に運んだ。





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