ロマンチックは似合わない    連載第5回 




 翌日、マヤが一人で留守番をしていると里美から電話があった。
近くまで来たのだが、出て来ないかと誘われた。暇だったマヤは出掛けて行った。

「里美さーーーん!」

「マヤちゃん」

二人はファミレスで落合い、軽いランチを食べた。

「ね、この間の脚本読んでくれた?」

「ええ!」

「どうだった?」

「面白かった! 二人の出会いが意表をついてて、ケンカばかりしてて、いつのまにか惹かれ合って……。一度は恋人同士になるけど、また、ケンカして別れて、でもハッピーエンド! 素敵なお話だった」

「だろう! ね、一緒にやらない? 小さな劇場借りてさ」

結局、マヤは興行するしないに関わらず里美と練習する事となった。
これからの計画を二人で話し込んでいると、マヤの携帯からメールの着信音が聞こえてきた。
マヤは携帯を取り出した。真澄からの定期メールだ。

「里美さん、ちょっとごめんね、すぐ済むから」

マヤはメールを見た。

  チビちゃんへ
   三時だ! 何をしている?

  速水さんへ
   お昼のメールに書いてなかったですか?
   里美さんとランチした後、お茶してます。

マヤはお昼のメールに里美と会うと書いたと思っていた。が、実際は書き忘れていた。

「メール?」

「ええ」

里美はマヤの様子に特別な人からのメールなのだろうと思った。マヤの口元が優しいラインを描くのを里美は見逃さなかった。

「マヤちゃん、付き合っている人いるの?」

「ううん」

「メールは彼氏からじゃないの?」

「ううん、とんでもない」

マヤは照れくさそうに笑った。

「……、ふーん、じゃあ、練習の予定はこんな感じでいい? 僕、音楽、探しておくよ」

里美は、マヤは自分には心を開いてくれないのだ、誰か付き合っている男がいても、自分には言いたくないのだろうと思った。少し淋しかったが、これが自分とマヤの距離なのだろうと思った。

「ふふ、里美さんと二人芝居するの楽しみ! あのね、劇団『つきかげ』と『一角獣』で借りた地下劇場があるの。あそこで演じたらいいと思うの」

「いいね、地下劇場なら、音が外にもれにくいし……、劇場の大きさわかる?」

「じゃあ、今度、案内するね。二人芝居ならちょうどいいと思う」

そんな話をして二人はファミレスを出た。
里美茂が車で送ってくれるというので、マヤは里美に付いて駐車場に行った。
とその時、一台の車が駐車場に入って来て二人の前で停まった。ドアが開き、一人の男が降り立った。

「速水さん!」

「やあ、チビちゃん」

「ここで、何してるんです?」

「君を迎えに来た」

「? 何か?」

「ああ、実は書類に不備があってな、君のサインが必要になったんだ」

「? 書類って? それなら、マネージャーさんに言ってくだされば……」

「すまない、至急必要だとわかったんだ。そういうわけだ、里美君、悪いがマヤを借りるよ」

「ええ、どうぞ! 僕らの話は終わったので。じゃあ、マヤちゃん、また連絡するよ」

「またね、里美さん!」

里美はマヤに手をふり、速水にぺこりと礼をすると自分の車、プジョーに乗って走り去った。

「さ、チビちゃん、送ろう」

「え? 大都へですか?」

「いや、君の家だ」

「速水さん、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「どうして、あたしがここにいるってわかったんですか?」

「ああ、君の携帯のGPSからだ」

「ふーん」

マヤはもしかしたら、聖唐人が自分の側にいつもいるのではないかと思っていたが、そうではないみたいだった。真澄は一体、いつになったら、自分に「紫のバラの人」は自分だと言ってくれるのだろうとマヤは思った。

――そしたら、あたしは、速水さんの胸に飛び込んでいける。
  好きだって、素直に言えるのに……。

自宅まで送ってくれた真澄は、家に上がってもいいかと聞いた。

「ええ、どうぞ!」

マヤは真澄をリビングに案内した。マヤは、今朝掃除をしておいて良かったと思った。リビングに速水がいる。なんとなくどきどきするマヤだった。

「速水さん、書類出して下さい。サインしますから」

「ああ、そうだな」

マヤはキッチンで、お茶を淹れた。家の中は静かだ。

「速水さん、コーヒーの方が良かったですか? うちにはインスタントしかなくて……」

「いや、お茶でいい。
 ……ところで、君は今日は一人なのか?」

「ええ、みんな地方公演にいっちゃって……」

マヤは真澄の出した書類を見た。先日、サインした書類と内容は変わっていないように思った。

「あれ? 速水さん、ちょっと待ってて下さい……」

マヤは、立ち上がって2階の自分の部屋に行った。書棚をばたばたと探す。

「確か、この辺に入れて置いたと思うんだけど……」

マヤは書類の束の中から以前契約した書類を見つけ出した。床に座り込んで見比べる。すると、まったく同じ書類だった。マヤは書類に目を落としたまま立ち上がった。階下に降りようとしたら、部屋の入り口に真澄が立っていた。

「速水さん! もう、びっくりさせないで下さいよ」

「すまない、君がなかなか降りてこないから……」

「あの、この書類、一緒みたいですけど……」

「そうか……、チビちゃん、部屋に入っていいか?」

「ええ、どうぞ」

マヤの部屋はシンプルだ。来客用の椅子はない。鏡台とベッド、書棚、洋服ダンスがあるだけだ。マヤはベッドに腰掛けた。真澄はマヤの隣に腰を下ろした。マヤは隣に座った真澄に書類を見せた。

「こっちが、前の書類です、それから、こっちが今日貰った方……」

「ああ、一緒だな」

「水城さんが間違えたんですか?」

マヤは首をかしげた。それから、マヤは真澄に書類を渡した。
マヤの手が微かに真澄の手に触れる。真澄の煙草と真澄独特の男の香りがふわりとした。マヤははっとした。

――いけない、ここは寝室。二人きりって、まずい!

「速水さん、下に行きましょう。お茶のおかわり淹れますね」

マヤは慌てて立ち上がった。一歩踏み出す。

がたん

マヤは鏡台の椅子を蹴飛ばしていた。

「いたた!」

椅子はころげて書棚にぶつかる。書棚から本や雑誌がばさばさと落ちた。マヤは痛いと飛び跳ねる。大騒ぎだ!

「くっくっくっく、大丈夫か? チビちゃん。相変わらずそそっかしいな」

マヤはぶつけた足の小指の痛さに涙が出て来た。

「くぅー、痛い。速水さん、ちょっとこのまま」

マヤはしゃがみこんだ。小指がじんじんと痛む。
真澄はマヤを抱き上げた。マヤの部屋は六畳間だ。ベッドは部屋の隅に置かれている。真澄はマヤをベッドサイドの壁に寄り掛からせた。

「ど、どうも」

マヤは小指の痛みと恥ずかしさに顔を赤くした。
真澄は書類を鏡台の前に置くと、足下に散乱した本を拾い上げた。
その中にスクラップブックが開いた状態で落ちていた。

真澄ははっとした。

スクラップブックに貼付けられているのは週刊誌や新聞に報道された真澄の記事だった。鷹宮紫織と婚約を解消した頃の記事だ。真澄は思わずページをめくっていた。一番最近の切り抜きは演劇協会主催のパーティ写真だった。真澄の姿は米粒ほどだ。

「あ、速水さん、後であたし、片付けますから」

「何、これくらいすぐだ」

真澄は、スクラップブックを閉じ書棚に置いた。落ちていた数册の本も取り上げ同様に並べた。
マヤは真澄の背中を見ていた。本を書棚に戻した真澄が振り返った。極上の笑顔を浮かべた真澄。

――! こんな……、こんな笑顔、見た事ない。なんて幸福そう!

マヤがえっと思う内に、真澄はマヤの隣に、マヤと同じように壁に背中をもたせて座った。
マヤは不思議な感じだった。自分の部屋で、ベッドの上で真澄と並んで座っている。
真澄はマヤの手を取った。マヤはぎょっとした。思わず、身を引く。

「書類はきっと、水城君のミスだろう」

真澄の甘い声。甘い眼差し。手の熱さ。
散文的な言葉の裏に潜む情熱。
マヤは真澄に手を取られて震えた。
振り払わなければと思いながら、振り払えない。今まで、真澄に何度も手を取られた。だが、今、真澄が自分の手を握っているのはこれまでと全く意味が違う。マヤの心臓は早鐘のようだ。どきどきとマヤの耳の奥で大きな音を立てる。何故、真澄が急にそんな態度を取るのか、マヤにはわからなかった。

「足の痛みはとれたか?」

じんじんしていた小指の痛みはいつのまにか引いていた。マヤはそっと小指を動かしてみた。

「ええ、もう、大丈夫です」

「そうか……、この間、言っていた里美君との二人芝居、脚本を読んだ。やってみるといい。俺も見てみたい。演出家と組んでちゃんとした舞台で公演したくなったら手配しよう」

マヤは真澄の物わかりの良さに、不安になった。手は相変わらず握られている。

「あの、本当にいいんですか?」

「ああ、それと、亜弓君の脚本の方も検討してほしい。俺としては両方見たいな」

マヤは素直に頷いた。

「じゃあ、亜弓さんとも連絡取って見ます」

「……、マヤ、お茶が飲みたくなった。歩けるか」

マヤはベッドからそっと、足を下ろしてみた。

「はい、大丈夫です」

二人は階下に降りた。
居間のソファーに座った真澄にマヤはお茶を淹れた。真澄はお茶を飲むと帰って行った。
マヤは真澄の帰った後、自室の書棚を見た。そして、スクラップブックの位置が動いているのを知った。
マヤはスクラップブックを取り出し、そのまま、床に座り込んだ。

――速水さん、見たんだ! このスクラップブック!
  どうしよう、速水さんにわかっちゃったんだろうか?

マヤはスクラップブックに真澄の記事を切り抜いて貼っておいた。真澄の写真を持てないマヤは、少しでも真澄の写真がほしくて週刊誌の記事を切り抜いてスクラップに貼付けた。写真の側にそっとコメントを入れた。日付と……、阿古夜の台詞。

   捨てて下され、名前も過去も
   阿古夜だけの物になって下され

マヤはかーっと熱くなった。体が火照る。
が、真澄の晴れ晴れとした嬉しそうな幸せそうな笑顔を思い出した。その後、自分の手を愛しそうに握っていたのも……。
今も真澄の指の感覚が手に残る。触れ合った肩と肩。真澄の香り。

――きっとわかったんだ。
  速水さんもきっと……。

マヤはスクラップブックを抱き締めた。

――速水さん、速水さんはもう私の気持ちを知ってるんだ。その上で、手を握ってくれたんだ。
  きっと、きっと速水さんもあたしを……。

マヤはそんなふうに簡単にうぬぼれていいのだろうかと思ったが、きっと、だいじょうぶだ、速水さんのあの幸せそうな笑顔を見たのだものと自分にいい聞かせた。

夕方、真澄からメールが来た。

  マヤへ
   今日の書類は、あのままでいいそうだ。
   騒がせたな。

マヤは携帯の画面をじっと見た。
「チビちゃん」ではなく「マヤ」と書かれている。

――もう、チビちゃんじゃないんだ。
  速水さん、わかってくれたんだ。
  受け止めてくれたんだ、あたしの気持ち。
  もう、隠さなくていいんだ。

マヤは携帯に返事を打ち込んだ。

  速水さんへ
   おかげで足の指を骨折しそうになりました。

と入力してやめた。クリアボタンを押して今書いた内容を削除する。マヤは書いた。

  速水さんへ
   いいえ、いいんです。
   速水さんに会えて嬉しかったです。

とうとう、マヤは素直に書いた。「会えて嬉しい」それが素直な気持ち。そして、送信ボタンを押した。




その夜、マヤの元に水城からメールがあった。

  マヤちゃんへ
   今日、真澄様と会わなかった?
   3時頃、慌てて出て行ったのだけれど。

  水城さんへ
   ええ、会いました。

  マヤちゃんへ
   何があったの?

  水城さんへ
   その、いろいろあって、
   あたし、スクラップしてたんです、速水さんの記事。
   記事の横に阿古夜の台詞を書いてて、、。
   それを見られちゃって、、、。
   あたしの気持ち、速水さんにわかってしまったみたいです。
   受け止めてくれたみたいで、、、。
   手を握ってくれました。

マヤは水城にメールを打つ手が幸福で震えた。
水城からすぐに返信が来た。

  マヤちゃん
   よくやったわ!!
   これで、やっと有休とって休めるようになるわ!
   社長が休んでくれないと私達も休めないもの!
   マヤちゃん、あなたは、大都芸能の希望の星よ!
   まさにスターだわ!

マヤは水城のメールの向うに、踊り回って喜ぶ水城が一瞬見えたように思った。





続く     web拍手 by FC2       感想・メッセージを管理人に送る


Back    Index    Next


inserted by FC2 system