白鳥は蒼穹にはばたく   連載第9回 




 鷹宮邸では、朝食の席で鷹宮翁が紫織に速水と会った話をしていた。

「紫織、真澄君から当て擦りを言われたよ。
 おまえに男がいたんじゃないかと……。
 これに懲りて二度とつまらん真似はするな。
 わかったな。
 挙式まで後一月半だというのに何をやっておるんじゃ、まったく。
 ああ、それと、滝川には暇を出す。いいな」

紫織は祖父の話をきいて絶句した。
まさか、真澄に他に付き合っていた男性がいたのではと疑われるとは思わなかった。
紫織はあまりのショックに、朝食の席を立つと自分の部屋へ駆け込んだ。
そんな紫織を横目で見ながら、鷹宮翁は思った。

(まったく、使えん娘だ。
 体が弱いせいで、まず、子供は産めまい。
 おかげで政略結婚の手齣に使えんと思うておったが、成り上がりの速水の家なら病弱でもありがたく嫁に貰うだろうと思っておったのに、なんてことだ、まったく!
 英介の育てたあの養子は確かに切れ者じゃ。
 鷹宮グループは、歴史が長い。その分、じわじわと内部から腐り始めておる。
 時々、腐った部分は切ってきたが、それでも早く立て直さなければならんというのに……。
 まあ、今回の件で、まさか破談を言ってくる事はあるまい。
 仕事の件もあるしのう。
 ……ふむ、そうか、なるほど、こちらに揺さぶりをかけるのが目的か。
 若造のくせにやりおるわ)

鷹宮翁は食事の手を止め、ふっと笑った。


紫織は、祖父の話にショックを受けた。
昨日、港で会った真澄の態度はそのせいだったのかと思う。
日頃は優しい真澄が私を軽蔑した目で見ていたと紫織は思った。

(どうしよう、真澄様に嫌われただけでなく軽蔑された。
 どうしよう、どうしたらいいの)

紫織は、くよくよと悩んだ。
心のストレスが体に表れたのか、紫織は寝込んでしまった。
2〜3日養生して体の調子が良くなると紫織は真澄に会おうと思った。
会って話してわかって貰おうと思った。
紫織は支度をすると出かけて行った。

紫織が大都芸能に着くと真澄は会議中だった。
紫織がいつものように社長室で待とうとすると秘書の水城が

「紫織様、社長から応接室にお連れするようにいわれております」

と言って紫織を応接室に案内した。
やがて、会議が終り、応接室に真澄がやってきた。
応接室の扉を開け、入ってきた真澄は紫織を見るなり一言つぶやいた。

「ああ、君か」

紫織は衝撃を受けた。
真澄の目。
それは婚約者を見る目ではなかった。
冷たい氷のような瞳が紫織を刺した。
紫織は身震いを感じた。

「ま、真澄様、お願いです!
 私の気持ちをわかって下さい。
 私、あなたを、あなたを愛しているのです。
 あなたを独り占めしたかったのです。
 いつも、あなたは仕事ばかり。
 紫織は、あなたに私の事を一番に考えて貰いたかったのですわ」

紫織は真澄が何か言ってくれるのを待ったが、真澄は何も言わない。
黙って紫織を見ているだけだ。

「あの、あの、おじい様から聞きました。
 誤解ですわ。
 私、他の男の方とお付き合いしたことなどありません。
 本当です!
 どうか、お信じになって!」

「それにしては、随分と用意が良かったようですが」

「えっ!? 何の事です?」

「淑女としては知らない振りをするしかありませんか?
 枕の下に置いてあったあれですよ」

最初、紫織は真澄が何を言っているのかわからなかった。

「枕の下?」

紫織ははっとした。見る見る顔が赤くなる。
結婚前に真澄に抱かれたいとはいえ、妊娠するわけにはいかなかった。
滝川が準備したものではあったが、用意がいいと言われても仕方がなかった。
紫織はその場から逃げ出した。
みじめだった。

速水は部屋を出て行く紫織の後姿を見ながら思った。

(自分がやっていない事で誤解され疑われ貶められる。
 その苦しみを十分味わうがいい。
 マヤはおまえ以上に苦しんだんだ。
 許さん!)

速水の心には怒りが満ちていた。


速水は、聖に鷹宮紫織の過去を調べさせていた。
聖からの報告書を読むと紫織の過去はきれいな物だった。
有名女子校、女子大を卒業した後は家事手伝い。
病弱だった為、習い事もほとんど家で習っている。
聖はさらに交遊関係を調べていた。
友人や知り合いはほとんど女性だった。
そこで、速水は視点を変えて鷹宮家全体を眺めてみた。
鷹宮の家では毎年、夏、箱根の別荘に親戚一同が集まる習慣がある。
速水は、紫織が箱根の別荘について話した内容を思い出していた。
紫織は体が弱かったので大抵、夏の間、そこで過ごしていたと真澄に言っていた。
鷹宮の従兄弟達がかわるがわる遊びにやってきて楽しかったという。
箱根の別荘は、芦ノ湖畔にある広大な敷地に立っている。
中の様子は外からは伺い知れない。
速水は聖に箱根の別荘に焦点を絞って調べるよう指示した。


速水は婚約を解消する為に必要な材料は総て集めるつもりにしていた。
カードは多い方がいい。
速水は冷静に自分が置かれた状況を分析した。

(鷹宮翁が俺と紫織さんを結婚させたがる理由はなんだ。
 鷹宮の一族の女性達はほとんど政略結婚させられている。
 鷹宮の事業拡大の為、他の旧財閥系の一族の元へ嫁がされている。
 成り上がりの速水家に紫織さんを嫁がせる理由はなんだ?
 ……
 そうか、俺の経営手腕か。
 鷹宮グループの業績の悪い会社を俺に立て直させる。
 事業がうまく行ったら俺を解任して鷹宮の本家筋の人間をトップにつかせる。
 そして、俺には次の会社をあてがう。
 事業がうまくいかなかったら俺に責任を取らせて事業毎潰し、俺はどこかの閑職に追われるのだろう。
 そうやって俺を手駒として使うつもりか。
 その手には乗るか!)

速水はこの考えは義父英介を説得する場合にも使えると思った。

(俺がマヤを愛している事、紫のバラを送っていた事がばれている以上、下手に動くとまた、マヤに八つ当たりをしないとも限らない。
 なんとか、紫織さんの方から婚約を解消してくれるよう持っていければいいが……)

速水は自分の心を偽って紫織にプロポーズをするべきではなかったと心底後悔した。


紫織は、しばらく、速水と会うのを避けていた。
好きな人から軽蔑される。紫織は耐えられなかった。
だが、新居の打ち合わせを速水としなければならず、以前から約束していたデートの日、とうとう、速水に会いに出かけた。







続く      web拍手     感想・メッセージを管理人に送る


Buck  Index   Next


inserted by FC2 system