令嬢 鷹宮紫織   連載第5回 




 或る夜、紫織と真澄はバルコニーでくつろいでいた。
使用人もおらず、紫織と真澄は二人きり。
夜空には大きな満月がかかっている。
紫織は、軽く酒を飲みリラックスしている真澄を普段より御しやすいように感じた。
そこで思い切って真澄に訊ねてみた。

「ねえ、あなた、何故、私にプロポーズをされたんですの?」

「えっ?」

真澄は思わず手に持っていたブランデーグラスを取り落としそうになった。

「私を愛してくださったからですの?」

「どうしたんです? 何故、そんな事を?」

「だって、あなたは私に愛しているって言って下さった事は一度もないじゃありませんか?」

紫織はすねた口調で言って真澄に甘えて見せた。

「はははは、僕は言葉ではなく行動で表すんですよ。そういうあなたこそ、僕とどうして結婚したんです?」

「それは、あなたを愛しているからですわ」

「どうして、僕を好きになったんですか?」

「ええっと、それは……」

「ね、人を好きになった理由なんて、なかなか、わからないでしょ。僕だって同じですよ」

真澄はそう言ってはぐらかした。紫織は、はぐらかされたと思ったが、話を続けた。

「あなた、私、私名義の中央テレビの株式をあなた名義に書き換えようと思いますの」

「だめだ、そんな事をしては!」

紫織はびっくりした。厳しい声を出した真澄を目を丸くして見あげた。

「紫織さん、人生何があるかわからないんです。もし、僕や義父に何かあったら、財産が無いと悲惨な目にあいます。僕の事は考えなくていいですから自分の事を考えて下さい」

「あなた!」

「いいですね、決して自分を犠牲にして速水の家に尽くそうなどと考えてはいけませんよ。わかりましたね。
 僕を愛しているというのなら、約束して下さい。決して、自分を犠牲にしないと!」

真澄は強い調子で言った。
真澄の脳裏には、義父英介に尽くして死んで行った母の姿があった。
紫織は真澄の気迫に気圧されながら、

「え、ええ、わかりましたわ、あなた。
 あなた、ごめんなさい。もう、名義を書き換えるなどと言いませんから」

とかろうじて返事をした。
真澄は、はっとして口調を和らげた。

「紫織さん、あなたの気持ち、嬉しかったですよ。さあ、少し冷えて来ました。部屋に戻りましょう」

真澄は紫織を寝室に送り届けると自身の部屋に戻った。


紫織は一人になると真澄が自分と結婚した理由がお金ではない事がわかりほっとした。
すると鷹宮の名前の方なのだろうと推測した。
紫織はそれなりに真澄が自分と結婚した理由を推し量る事が出来、安心した。

(それなら、出来るだけ真澄様と様々なパーティに出るようにしよう。
 人混みは嫌いだけど、真澄様の為だわ。
 私が一緒にパーティに出れば、真澄様のバックに鷹宮がついているのを人々は忘れないでしょうから)

紫織は、手始めに真澄が毎年、夏に行っている軽井沢のパーティに出ようと思った。
真澄にそう告げると、真澄は不思議そうな顔をして紫織を見た。

「どうしたんです? パーティは嫌いでしょう」

真澄がそう言うと、

「この頃、少し体調がいいんです。
 いろいろな方とお話してみたいのですわ。
 それに軽井沢の別荘にはまだ行った事がないでしょう。
 一度行ってみたいのですわ。
 ねえ、あなた、いいでしょう」

紫織の変化にとまどいながらも真澄は承知した。

紫織はパーティの出席者を確認、全出席者の名前と顔を覚えた。
7割ほどの人間とは、なんらかの縁で名前を知っていた。
引き蘢りがちだった紫織は、出席者とほとんど会った事はなかったが父や母の話から他の人の知らない話を知っていた。
だが、紫織が驚いたのは真澄がそんな裏事情に通じていた事だ。

「まあ、この話は知らないと思っていましたのに……」

「ははは、残念でしたね。仕事上、いろいろな話を聞くんですよ。
 もし、僕の手伝いをしてくれるというのなら、お願いがあるのですが」

「はい、なんでしょう?」

「榊原代議士の奥様が出席されます。
 しかしご主人は今、外交問題で奔走しています。
 恐らくパーティにはお一人で来られるでしょう。
 相手をしてやってくれませんか?」

「ええ、あなた、喜んで!」

紫織は真澄が紫織を信頼して仕事を与えてくれたのが嬉しかった。
真澄は紫織がどれほど女主人の役が出来るのか、わからなかったので取り敢えず榊原代議士の奥方にパーティの間紫織を預ける事にした。真澄は紫織を信用しないわけではなかったが、初めての事なので安全策を取った。

パーティが開かれる1週間程前、紫織は執事の朝倉と一足先に軽井沢へ向かった。

軽井沢のパーティは紫織の登場で例年にない華やかなものになった。
紫織はパーティの女主人の役をそつなくこなした。
朝倉も真澄も普段、体調が悪く引き蘢りがちな紫織にパーティをこなせるとは思っていなかったので驚いた。
真澄は素直に紫織を褒めた。
紫織もまた真澄に褒められて素直に喜んだ。
紫織は真澄の役に立てたのが、とても嬉しかった。
ただ、パーティが終わった翌日は緊張の糸が切れ寝込んでしまった紫織だった。
真澄は紫織に

「僕の役に立とう等と考えなくていいんですよ。
 無理をして寝込んでは元も子もないですからね。」

といい聞かせる。
紫織は少し寂しげに「はい、あなた」と言って布団にもぐりこんだ。
結局、紫織はそのまま軽井沢で夏が終わるまで静養する事になった。
真澄はやれやれと思ったが、紫織の健気さを微笑ましいと思い、紫織が戻って来るまで羽を伸ばせるのがありがたかった。



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