時計樹に飛び込んで    連載第13回 




 「水城さん……!」

「ゴン太さん、こんにちは」

ゴン太がへらへらと笑った。

――中身は速水社長じゃないとわかっていても、社長と同じ顔でこんな風に笑いかけられると変な感じだわ。

ごほんと水城は咳払いをした。

「マヤちゃん、この間、速水社長の体に別の魂が入ってるんじゃないかって話していたでしょ。どうやら、魂入れ替わり説、正しいみたいよ。ゴン太さん、マヤちゃん、北島伯爵邸はあったの、ここに。関東大震災まで……」

マヤは声を上げた。

「え? 関東大震災?」

「そうよ、関東大震災の時、火事でほとんどが焼けてしまい、北島家最後の当主も震災で亡くなられたの。戦後、進駐軍に接収され、その後、大学に譲られてここに大学付属の病院が建てられたの。ね、ゴン太さん、ここに来る前、何をしていたか覚えてる?」

ゴン太と名乗る速水は首をひねった。

「おいら、真耶お嬢様の健康を祈ってた」

「健康?」

ゴン太はイチョウの樹で寝た話をした。朝、起きて、転んで頭を打ったように思うと言った。

「おいら、だから、これ、全部頭打ったからかなって……」

ゴン太と名乗る速水はへらへらと笑った。水城は、この笑顔苦手だわと思いながら言った。

「ゴン太さん、藤村についてもっと詳しく教えてくれない?」

水城は持っていた小さなビデオカメラをゴン太に向けた。

「藤村は今のおいらと同じ顔をしてるだ。ああ、もっと若いかな。年は確か21。名前は三郎だった。真耶お嬢様と5つ違いで、藤村は真耶お嬢様の世話をしてるだ。真耶お嬢様はそりゃあ、可愛らしいお嬢様で、おいらともよく遊んでくれただ。藤村は真耶お嬢様のやったいたづらの後始末をして飛び回ってたな。藤村はとにかく頭のいい奴で、異人とも話が出来るっちゅう話だった。ここに来るちょっと前、藤村が珍しく神頼みをしてたな。お嬢様の健康を願って寺に行ってただ。それで、その寺の住職に言わせると、イチョウの樹を枕に寝ると願がかなうそうな。それで、あの藤村が、夜中にイチョウの樹で寝てただよ。おいら、その時、あんまり月がきれいで、イチョウの樹に登って見てただ。藤村が来たから、おいら、降りれなくなって。そしたら、真耶お嬢様が来て、藤村を叩き起こしただ。だもんだから、おいらも降りて行っただよ。真耶お嬢様は優しい方だから、おいらあんまり怒られなかった。藤村だときつく怒られるけんな。藤村はお嬢様と母屋に戻っただ。おいらは藤村の代わりに真耶お嬢様の健康を願って、イチョウの樹で寝ただよ。で、朝、起きたら、根っこさ、躓いて、頭打って、そのまま気ぃ失ってよ。目が醒めたらここにいただ。なあ、やっぱりこれは全部、夢でねえけ。だってよ。イチョウの樹はあるしよ。富士山も同じだしよ。夢が醒めたらきっと、伯爵邸のイチョウの樹の下で寝てるんだと思う」

水城は、時々、質問をはさんでゴン太から藤村の情報を聞き出した。ゴン太の話はあっちこっちに飛ぶので、元に戻させるのに苦労した。水城はさらに、藤村がどこのなんという寺に行ったかも聞き出した。

「真耶お嬢様は来月、お見合いをされるっちゅう噂だった。藤村が健康祈願に行ったのはだからじゃねぇかな? 寺町の橘寺だったよ」

「そう」

水城はそこまで聞き出すと、時計を見た。

「さ、私はもう、行かないと……。マヤちゃん、後、お願いね」

水城はゴン太の世話をマヤに託すと、病院を後にした。

――北島伯爵邸、真耶お嬢様、藤村三郎、あの男の話はあまりにもリアルだわ。実際、北島伯爵邸はここに昔建っていたのだし、それに、北島伯爵には真耶という娘がいたわ。

水城は、マヤから魂の片割れの話を聞いて調べたのだ。ゴン太の言っていた北島伯爵を。ネットで調べるとすぐに見つかった。華族一覧に名前があった。さらに、水城は北島伯爵について詳しく調べ上げ、令嬢真耶もまた実在すると知った。この事実から水城は信じられない結論を導き出していた。

――真澄様はタイムスリップ。恐らく、マヤちゃんの言う通り魂が入れ替わったのだわ。過去の人間と……。

水城は自身の推論を確かめに橘寺に向っていた。橘寺は、健在だった。何度か本堂は消失したが、その度に建て替えられた。水城は明治時代の記録が残っていないかと尋ねた。しかし、寺の対応は冷たい。水城は会社の調査費から寺への寄進費用をひねり出すと、金に物を言わせて昔の記録を寺の者に調べさせた。その結果、あったのだ。寺の記録に。

明治○○年5月 藤村三郎 祈祷 北島真耶伯爵令嬢 健康祈願

この記録から水城は、自分の推測が正しいと思った。

――真澄様が多重人格である筈がないわ。でも、どうやったら、真澄様の魂を呼び寄せられるかしら……。

水城は自分の推測が正しいとわかった物の、ではどうしたら元に戻せるのかわからなかった。そして、医者の話を思い出した。

――(……精神薬に寄る治療……)駄目よ、それは絶対に。変な薬を使われたら大変だわ。どうしたら、いいかしら。

水城は精神科医に話して見ようかと思った。

――いいえ。魂やタイムスリップを信じない人間だったら、私まで頭のおかしい人間にされてしまうわ。

水城は、ゴン太に速水社長の振りをさせられないかと思ったが、それは無理だった。水城はどうしたらいいのか、まるで考えつかなかった。とうとう、自分一人でこの状況を抱えているのが辛くなった水城は、ある電話番号を押した。

「大都芸能、速水社長の秘書をしている水城です。社長の件でご相談が」

「週間ジャーナルの松本です。それでは、喫茶リンリンで……」

表の秘書と影の秘書はこうして初めて顔を合わせた。水城の話に聖唐人は端整な顔をゆがめた。

「そんな、馬鹿な……」

「いいえ、事実なんです。では、あなたは真澄様が多重人格者だと?」

「いいえ……、それに、ゴン太という男のキャラクターが気になります。どう考えても、真澄様と接点がありません。しかし、魂だけが何故、明治時代に?」

「わからないわ。……でも、そうね……、真澄様がもし、過去にタイムスリップされて私達に助けを求めるとしたら、どういう方法を取るかしら」

「……、ゴン太のビデオを見せていただけませんか? 何かヒントがあるかもしれません」

水城は先程取ったビデオのデータを聖に渡した。聖は持っていたノートパソコンにイヤホンをつなぎ、その場でそれを再生する。同時に音声をテキストデータに変換するソフトでテキスト化した。言葉を分析。名前を覗くと、最も多く出て来た単語は「イチョウ」だった。

「……『イチョウ』……」

「病室の側にあるわ。樹齢300年くらいの樹らしいわ」

「その樹を調べてみましょう。藤村というのは頭のいい男だったのでしょう、ゴン太に言わせると。夜中に樹の根を枕に寝るような人間ではない。その男が、わざわざ、そういう事をする。その男が真澄様だったのでしょうか? 真耶お嬢様というのも気になります。マヤ様と真耶お嬢様もそっくりらしいですし、藤村というのは真澄様が養子になる前の名字です。何か因縁を感じます」

二人は明日、イチョウの樹を調べる事にしてその日は別れた。

翌日、大都芸能に出社した水城は、意外な訪問者に驚いていた。橘寺の住職が尋ねてきたのである。

「私は橘寺の14代住職でございます。昨日は寺の者が失礼致しました。私、ちょうど外出しておりまして、寺に戻りましてから、話を聞き、慌てて参上した次第です。実は、先代の住職から不思議な話を聞きまして、もし、藤村三郎と北島真耶伯爵令嬢について尋ねて来る者がいたら、これを見せるように言われておりました」

住職は手提げ鞄から和綴じの書物を取り出した。




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