続・狼の夏 第1章 夏の日の恋   連載第3回 




 速水は、マヤを迎えに行く時間を待ちながら、黒沼との話を思い出していた。

速水(黒沼さんは以前、北島は紫のバラの送り主に恋をしていると言っていましたが、もし、北島の恋がかなったとしたら紅天女の試演に影響が出るでしょうか?)

黒沼(出るだろうな、恐らくいい方に。)

速水はその言葉を聞きたかった。では、俺が告白しても、いや、した方が彼女の為なのか?
速水は、障害が無くなった事がわかった。
だが、それでも、躊躇するものがあった。
告白して、それから、、、。

それから、、、、。

大都芸能の社長と紅天女の女優候補の恋。今、この時期に。
もし、仮に彼女が試演で競って実力で勝ち取ったとしても、俺との恋が表沙汰になったら、世間はそうは思うまい。

速水は更に、思い出していた。

黒沼(北島はな、恋の演技が今一なんだ。芝居の始めの方、一真とたわむれるシーンがあるんだが、そこがな、今一なんだ。ところが、悲恋になっていく所は実にうまいんだ。これは、北島が幸せな恋をした事がないからなんだ。以前、つきあっていた里美とかいう俳優との恋は、まだまだお子様の恋だったんだろう。恐らく、花開く前に駄目になったんだろうな。もし、紫のバラの人との恋がうまくいけば、あのシーンはもっとうまく演れるだろう。)

速水は思った。
(俺が告白しなくてもデートの相手ぐらいはしてやれる。彼女は俺を愛してくれている。俺とのデートで、もしかしたら彼女の恋の演技を変える事が出来るかもしれない。)

だが、ここで、はたと行き詰まった。
紫織とのデートは、公にしてよかったので、いろいろな所に連れて行った。
しかし、マヤとのデートは、そういうわけにはいかない。
そこで、速水は、マヤを別荘に招く事にしたのだった。
(マヤと別荘でデートをしよう。)
そう思うと、速水はわくわくした。
そして、今、彼女を迎えに行く所だった。速水は心が浮き立つのを感じた。



速水が車で迎えに行くと、マヤはすでに別荘の外で待っていた。

「やあ、ちびちゃん、用意は出来たか?」

「はい、速水さん。今日はご招待ありがとうございます。」

速水はマヤのワンピース姿を好ましく思った。

「そのワンピース、よく似合ってる。」

柄にも無く褒めると、マヤの顔がぱっと輝いた。
速水はその顔を見ると、(馬子にも衣装だな)と言う言葉を飲み込んだ。

「じゃあ、行こうか。その、荷物はなんだ。」

「ふふふ、内緒です。」

速水の別荘は、大きな屋敷だった。使用人も何人かいるみたいだった。
広間があり、マヤはそこで、パーティが開かれたのだと思った。
テラスに出ると湖が一望に出来た。
食事は、フレンチで、近くのレストランからシェフがきて料理をしてくれた。
シェフは、会話も上手で、料理の説明やワインの話をしてくれた。
目の前でフランベされるステーキが、辺においしそうな香りを振りまいた。
やがて、コースが終わりデザートとコーヒーになると、シェフは、コーヒーのポットを残して帰っていった。

速水と二人きりになると、マヤはおずおずと聞いた。

「あの、あの、速水さん、こんな事、私が聞くのはおかしいかもしれないんですけど。」

「なんだ。」

「あの、婚約を解消されたって聞いたんですけど。」

速水は、軽く酔っていたので、マヤをからかいたくなった。

「ああ、紫織さんに振られたが、、、。それがどうした。気になるのか?」

「あの、失恋でお辛いようだったら、慰めて差し上げたいと思って。あの、以前、速水さん、私の一人芝居が見たかったって言ってたんで今日、用意して来たんです。よければ、今からご覧にいれますが。」

「君は、俺の為にわざわざ用意してきたっていうのか? あの荷物はそれか?」

「ええ、長いお芝居なので、ダイジェスト版になるんですが。それで、良ければ。」

速水は笑い出した。笑いながら泣きそうになった。マヤの真心を思って。
速水は立ち上がるとマヤの隣に立ち手を差し出した。

「ちびちゃん、踊ろう。」

シェフは、帰る際に気を利かせてBGMを流して行っていた。
今、音楽は「魅惑のワルツ」という曲がかかっていた。
マヤは、速水の反応に戸惑いを隠せなかった。

「あの、速水さん?」

そういいながら、マヤは、速水の手を取って立ち上がった。
速水は、マヤを抱き寄せると、曲に合わせて踊り始めた。速水はマヤを離したくなかった。
踊っていれば、その間は抱いていられた。
本当は抱きしめたかった。マヤの真心を抱きしめたかった。
マヤは、速水に促されるまま、踊った。

(速水さん、よっぽど、失恋したのが応えたんだわ。きっと、紫織さんのかわりに私と踊っているのね。
 いいわ、身代わりでも。紫のバラの人を慰められるんだったら。)

何曲か踊った後、速水が言った。

「ありがとう、君の気持ちが嬉しいよ。十分慰められた。
 そうだな。良ければ、明日、君の一人芝居を見せてくれないか。
 さあ、今日はもう帰りたまえ、送っていこう。」

速水はそう言って、マヤを離した。
マヤは、速水のぬくもりが感じられないのをひどく寂しく感じた。

「あの、あの、私、まだ、帰りたくありません!」

マヤは速水を見上げてそう言った。



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