続・狼の夏 第2章 秘めた恋   連載第3回 




 慟哭。
一真と引き離された場面を演じるマヤ。

ここは、黒沼組の稽古場。役者達は唖然とした顔でマヤの演技を見ていた。
そして、一人の役者が、鼻をすすった。マヤの演技に皆、涙していた。

黒沼は、

「北島、よくやった。今の表情だ。よく、掴んだな。」

と珍しく褒めた。
桜小路の方も、マヤに引きづられて、かなりいい演技になっているものの、やはり、今一だった。
黒沼は、桜小路の方を何度もやり直させたが、出来ないので、休憩にした。

桜小路はマヤに

「ねえ、マヤちゃん、さっきの演技凄かったね。
 どうやって、掴んだの。」

「う〜んとね。すごーく大事にしていた人が、いなくなったって。
 えっと、これだと、脚本通りよね。
 例えば、交通事故とかで、隣にいた奥さんが突然いなくなったとするでしょ。
 するとね、当然のように感じていた相手の温もりがなくなるの。
 相手の体温が感じられなくなる、、、。
 そうを考えたら掴めた、、、。」

桜小路は、芝居の中で阿古夜に頭を抱きしめられるシーンを思い出した。
そして、マヤの体温を思った。

「そうか、そうだよね。
 相手の体温が、突然、感じられなくなる。それ、僕も考えてみるよ。
 ありがとう、マヤちゃん。」

桜小路は、この頃のマヤの変化に何か心に響くものを感じていた。
そして、今のマヤの言葉に、ああ、そうかと思った。

(マヤちゃん、紫のバラの人に会ったんだ。
 そして、また、会えないんだ。
 そうか、それでか。)

「マヤちゃん、紫のバラの人に会ったの?」

と桜小路は真剣な表情で聞いた。

「えっ、ううん。どうして? どうしてそんな事を、、、。」

「なんとなく、マヤちゃんの演技を見てたら、そうなのかなって。」

マヤは大急ぎで、話題を変える事にした。

「それより、桜小路君、最後の対決の所、わかった?」

「え、えーっとね。なかなか使命感が掴めなくて。」

マヤも、一緒に考えた。そして、戦争をやめさせる事に強い使命感を持つには、戦争の悲惨さを体感した方がいいかなといいう事になった。
その話を、黒沼にすると、黒沼は戦争体験者の話を聞く会を開いてくれた。
そして、黒沼組全員、皆一様に心に響く物があったようだった。
桜小路も使命感を掴む事ができ、最後の対決のシーンの演技が格段によくなった。
ただ、マヤだけが、一真に斬り殺される所、一瞬で天女に見える所がなかなか掴めないでいた。


一方、こちらは、大都芸能社長室。
速水は、伊豆の別荘から戻ると聖に助言された通り、見合い相手がどういった人間達と繋がっているか、人脈を調べるよう朝倉に指示を出していた。煙草を吸いながら、速水はその時のやりとりを思い出していた。

(どうせ、政略結婚だ。大都にとって、最もプラスになる女性を選ばないとな。
 人脈表が出来たら女性達の資料と共に渡してくれ。)

(あの、真澄様、やはり、女性の容姿や性格で選ばれた方が円満な家庭生活が送れるかと、、、。)

朝倉は、そう助言した。
真澄は、冷笑を浮かべると、いい助言をしてくれた、参考にするよと言って朝倉を下がらせたのだった。

その時の事を思い出しながら、速水は今一度、怒りが込み上げてくるのがわかった。

(女性の容姿、性格。はっ、馬鹿馬鹿しい。俺の好みなど考えた事もないくせに。
 鷹宮紫織をあてがって俺を懐柔しようとした張本人が、今更何をいう。
 だんだん、手に負えなくなった養子を縛る最後の手段か。
 女をあてがえば、今まで通り、言う事を聞くと思ったか。
 、、、。
 とにかく、試演だ。後、少しだ。
 待ってろよ、マヤ。俺のマヤ。必ず、迎えに行くからな。)

速水は、マヤの事を想った。空を見上げて。今、何をしているだろうかと。



マヤは、あの破損されたアルバムのネガを集めていた。
かなり集まったので、聖に渡す事にした。
聖に連絡を取ると、以前会った時と同じ場所、ハイランドシティビルの地下2階 喫茶ロンロンで会う事になった。
聖に、紫のバラの人=速水の様子を尋ねると、とても元気に仕事をしているという話だった。
マヤはそれを聞くと涙が出た。
聖は、自身のiPhoneを取り出すと、

「マヤ様、よければ、これをご覧ください。」

そう言って聖は、写真を再生して見せた。
そこには、速水が伊豆の別荘でくつろぐ姿が、何枚も写っていた。
マヤはそれを見ると、涙があふれて来たが、急いで目を瞬いて、涙を隠した。
マヤは、そっと、画面の速水にさわってみた。
あの夏の日の事が思い出された。
そして、見終わった後、iPhoneを聖に返しながら

「ありがとう、聖さん。
 おかげで、慰められました。」

と、小さな声で言った。
マヤは聖に、アルバムとネガを渡すと、宜しくお願いしますと言って帰っていった。

聖は、小さな肩を落として帰っていくマヤを見送りながら、なんとかしてやりたいと思った。
だが、速水のいう通り、大手を振って会えないのなら、まったく、会わない方がいいのかもしれないとも思った。
マヤに速水の写真を見せたが、かえって寂しい思いをさせたように思ったからだった。

(マヤ様、後、少しです。お寂しいでしょうが、どうか頑張って下さい。)

聖は、心の中でそう、エールを送った。



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