続・狼の夏 第2章 秘めた恋   連載第4回 




 マヤは考えていた。一瞬にして天女に見えるシーンを。
ここは、白百合荘近くの河原。
マヤは一人で、河原に寝そべると、空を見上げて湖畔で速水と話した事を思い出していた。

(天女っていう位だから空が飛べて、きれいな着物を着てて、ふわふわしてて、、、。
 音楽を奏でたり、、、まりを投げたり、、、。
 いつも幸福で、穏やかな気持ちで過ごしているんです。)

(穏やかで、幸福な気持ちか、まるで、この湖のようだな。
 だが、湖に心はない。人が湖の様子を見て勝手にそう思うだけだ。
 一真もそうだろう。ある日、阿古夜を見たら天女に見えた。
 何故か。普段の村娘とは違う雰囲気を阿古夜が持っていたからだろう。
 ま、その辺を考えてみるんだな。)

マヤは、はっとした。
(湖に心はないけど、阿古夜にはある。そう、天女の心。心があって動きがある。
 天女の心を一真はみたんだ。阿古夜の中に。
 その心が、阿古夜を村娘から天女に変えたんだ。)

マヤは掴んだと思った。
翌日、マヤが鏡の前で練習していると、桜小路が思わず、声を上げていた。

「今の表情、マヤちゃん、彫れるよ、彫れる。天女像が。」

黒沼もマヤの演技を見て、OKのサインを出していた。


一方、速水は、聖からマヤの様子について連絡を受けていた。
お寂しそうでしたよと言う聖の言葉に、速水はずきりとした。
そして、iPhoneの写真をマヤが見た時の様子を聞くと、

「聖、iPodにその写真をいれてマヤに渡してやってくれ。
 パスワードを3回間違えると中が消去されるようにしておけば、大丈夫だろう。」

聖は、速水のその言葉を聞くと、嬉しそうに「承知しました。」と言った。

翌日、紫のバラの花束と共にiPodが届けられた。


      一人の時に使って下さい。
      いつもあなたを見ています。
            あなたのファンより ☆


聖は、パスワードをマヤに教えると帰っていった。
マヤは、稽古が終わると、アパートに飛んでかえって、押し入れにこもると早速iPodを再生した。

「・・・速水さん・・・愛しい人・・・」

泣きながら呟いた。


そんな中、姫川亜弓の包帯をとる日がやって来た。
姫川の目は包帯を取るまでわからないと言われていたが、実際に取ってみると経過は順調で目が見えるようになっていた。
メディアは一斉に姫川亜弓の復帰を伝えた。
それを機に、思い出されたようにマヤの事も報道されたのだった。あくまで、亜弓のライバルとして。


街には、亜弓のポスターがあふれていた。雑誌に、新聞にいたる所に亜弓の顔があった。
総て、大都芸能のプロデュースによるものだった。
速水は、常に私情をはさまず仕事をしていた。
そして、マヤにはわかっていた。速水が叱咤激励してくれている事が。

(チビちゃん、ここまで這い上がって来い。)

速水の声が聞こえるようだった。



黒沼組の稽古は、最後の対決のシーンをやっていた。
だが、なかなかうまくいかなかった。
練習は遅くまで続いた。
とうとう、黒沼は稽古を打ち切った。


その夜、黒沼は速水と一杯飲む事になっていた。
聖からの報告といい、姫川亜弓の復帰といい、マヤがどうしているか、速水は気になったのだ。
いつもの屋台に黒沼が行くと、速水が先に来ていた。

「よう、若旦那、久しぶりだな。」そういいながら黒沼は、屋台ののれんをくぐった。

黒沼は、「いつもの」とおでん屋のおやじに声をかけた。
へいと、おやじはいいながらコップとおでんを出した。

「お久しぶりです。」速水は挨拶した。

「まあ、姫川を派手に宣伝してくれているようだが。」

と、黒沼が牽制すると、

「うちも商売ですから。」

と速水は、こともなげに応えた。

「売れる時に売って稼ぎませんとね。」

「なるほど、あんたは商売人だからな。」

「で、北島はどうです?」

「あいつは、はりきってるさ。姫川のポスターを見て闘志が沸いたみたいだな。
 ところで、若旦那、あんた、北島に何かしたか?」

「いいえ、僕は、何も。何かあったんですか?」

「夏休みが終わって稽古場に復帰したとたんに北島の演技が変わったんだ。」

「・・・どんな風に変わったんですか?」

「恋の演技が抜群によくなった。以前には、なかった恋の華やぎが出て来たんだ。
 男の共演者達が、みんな北島に声をかけてたよ。
 一斉に恋をしたみたいになってな。
 北島が、今のは演技ですって大きな声でどなったら、全員やっと我にかえったよ。
 ところが、それだけじゃない。
 一真と引き離される所、あそこは凄まじい。
 悲恋になっていく所は前々からうまかったんだが、、、。
 それが、こう、なんていうのか、神懸かりにうまくなったんだ。
 あの場面だけで、一緒にいた役者連中が泣き出したよ。」

「ほう、それは凄い。ぜひ見たいですね。」

「俺は、また、あんたが、紫のバラの人に会わせたんじゃないかと思ってたよ。
 1〜2ヶ月まえ、あんた 聞いてきたじゃないか、
 紫のバラの人との恋がうまくいったらどうなるかって。」

「確かに、聞きましたが、それは、北島の演技全般について聞きたかったんですよ。
 本公演はぜひ、大都で上演したいと思ってますからね。
 あの時は、姫川の目がまだ、どうなるかわからなかった時期でしたし、
 次代の上演権に最も近い北島の演技に興味があったんです。
 単なる情報収集ですよ。」

「ふーん、まあ、いい。あんたが何もしてないって言うんだったら、してないんだろう。
 ただな、最後の対決のシーンがまだなんだ。
 今日も、それをやってて遅くなっちまった。
 くそ、後、一歩なのに。」

「桜小路君と北島ならきっとうまく行きますよ。」

速水は、知らなかった。屋台の近くに人影があった事を。
マヤが速水の話を聞いていた。



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