続・狼の夏 第2章 秘めた恋   連載第5回 




 (上演権。そう、上演権なんだ。速水さんは上演権がほしいんだ。)

マヤは、泣きたくなった。

(まさか、速水さんが、黒沼先生に私の恋の演技について聞いていたなんて。
 では、あの愛の告白も嘘だったの? 上演権の為なの?
 あの高原の休日はその為?)

マヤは、そこで、はっとした。

(ううん、違う、違う。
 恋の演技が出来るようにしてくれたんだ。
 紫のバラの人はいつもそう。
 速水さんは、あたしの気持ちを知ってた。
 そして、デートに誘った。
 好きな人と過ごす休日をあたしに体験させてくれたんだ。

 『速水社長は結果を考えずに行動する人じゃない。』

 水城さんの言う通りだ。

 あのデートは、あたしの演技の為。ひいてはあたしの為。
 あたしがアルディスで悩んでいた時もそう。
 北白河さんに会わせてくれた。
 ああ、だから、速水さんは念を押して言ったんだ。
 俺を信じろと。
 信じきれるかどうか、それが、速水さんの恋人になる条件なんだ。
 ・・・。
 速水さんと話したい。だけど、黒沼先生にわかったらどうしよう。
 ううん、大丈夫、何があっても、いつもの北島マヤを演じてみせる。
 それに黒沼先生と3人なら会っても問題ない筈。)

そう思って、マヤは、屋台にいる男2人に声をかける事にした。

「黒沼先生。」

「おお、北島、いい所に来た。ほれ、こっちに来て座れ!」

そう言って黒沼は速水と自分との間にマヤを座らせた。
マヤはすぐそばにいる速水を意識した。

「あの、速水さん、お久しぶりです。」

「やあ、チビちゃん。久しぶりだな。」

「どうした、北島、何か相談か?」

「ええ、あの、今日の所、最後の対決のシーン。どうしても、わからなくて。」

「まあ、今日はもういいから、飲め。あんまり考えていてもわからんぞ。」

そういいながら、黒沼はマヤのコップにビールをついだ。
黒沼はすでにかなり出来上がっている。

「いえ、あたし、今、お酒は控えてるんです。」

マヤがそういうと速水が、くすくすと笑い出した。
速水もかなり飲んでいた。
その笑い声を聞くと、マヤは急に開き直りたくなった。

(飲んでやる。酔いつぶれてやる。)

マヤはつがれたビールを一気に飲み干した。

「お、いい飲みっぷりだ!」と黒沼は空になったコップにビールをつごうとしたが、マヤはそれを止めると

「おじさん、冷酒ください。」とマヤが言った。

ところが、速水はマヤに別の酒を勧めた。

「チビちゃん、その原酒を飲ましてもらえ。うまいぞ。」

「原酒?」

すると屋台の親父が蘊蓄を垂れ始めた。

「お、お客さん、よくご存知で。そうなんですよ。普通の日本酒の好きな方には、まろやかすぎるっていう人もいるんですけどね。ワインみたいな酒なんですよ。この酒は。水を一切加えずに作ってあってですね。」

「おい、親父、蘊蓄はいいから、俺にも飲ませろ。」と黒沼がいったので、全員で飲む事になった。

「おいしい。」マヤがつぶやいた。

「ふむ、俺にはものたりんな。」と黒沼。

「私、おかわり。」とマヤが言った。

「また、酔いつぶれるなよ。」と速水がいうと、

「だ、大丈夫です。たとえ、酔いつぶれても速水さんのお世話にはなりませんから。」

「なんだ、お世話になった事があるのか? 北島は?」と黒沼が聞くと、

「ええ、以前、ちょっと。」と速水。

「月影先生のお体の事で相談した時、ご馳走していただいて。」とマヤは誤摩化した。

「この子と食事をすると退屈しないんですよ。それで、、、。」

「ふーん、北島、おまえ、若旦那の事、ゲジゲジって言って嫌ってなかったか?」

「ええ、今でもゲジゲジだと思ってますけど、なんかあった時に相談すると意外にたよりになるんです。速水社長は。」

それを聞いた速水は爆笑した。

「チビちゃん、君に『意外に』たよりになると言われて嬉しいよ。」と笑いながら言った。

「そう言えば、若旦那、婚約解消したんだって。あんな美人に振られて気の毒だったな。」

「黒沼さんにそう言っていただけると、、、。」と言って、ため息をついた。

その様子は、いかにも美人の婚約者に振られて落ち込んでいる男のポーズだった。
だが、さすが黒沼。演出家である。

「若旦那、そういうみえみえのポーズをとりなさんな。俺が見抜けないとでも。
 気を使う女との婚約が解消されてほっとしてるくせに。」

「はっはっはっ、これは、参りました。お見通しですね。」

「若旦那、あんた、、、」と黒沼がいいかけた時、さらに、客が来た。桜小路だった。

「黒沼先生、速水社長、こんばんは。楽しそうですね。
 マヤちゃん、遅いから送ろうか?」

「おお、桜小路、お前も飲め。」

マヤは、速水の方に体を寄せて、桜小路を自分と黒沼との間に座らせた。
桜小路の前に早速、おでんとコップが置かれた。
桜小路にもビールがつがれようとしたが、

「すいません、ぼく、バイクなんで、飲めないんです。ウーロン茶下さい。」と言った。

かなり出来上がっていたマヤが、桜小路に言った。

「桜小路君、あの最後の対決シーン、今から、やらない。」

「え、今から。」

「うん、あたし、気がついた事がある。」

と言って立ち上がって演技を始めようとした。だが、よろめいてしまった。
口当たりの良い酒がマヤをまたしても酔っぱらいにしてしまったように見えた。
酒は入っていたが、実はマヤはそれほど酔っていなかった。
ふりをしていたのである。そこは天才女優。3人とも騙された。

「おっと。」といって速水が抱きとめると、

「やっぱり、僕、マヤちゃん送って行きます。」と桜小路が言ったが、マヤは、

「いいの、桜小路君。ゆっくりして行って、あたし、今日はバイクの後ろに乗る自信ない。
 速水社長、また、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、送って下さい。」

と言ってぺこりと頭を下げた。

「ははは、いいとも、ちびちゃん、送ろう。それじゃあ、黒沼さん、桜小路君。」
そう言って速水は、屋台のおやじに多めに金を払うと運転手付きの車にマヤを乗せた。

速水が、行き先を運転手に告げる。
マヤは、車にのると眠ったふりをしていた。
運転手の視覚に入らないところで二人はそっと、手を握り合っていた。

アパートに着くと、マヤは依然、酔っぱらったふりをしていたので、速水に抱きかかえられてアパートの中に入っても怪しむ者はいなかった。
部屋に着くと、暗闇の中、二人は激しく抱き合い口付けをかわした。
青木麗は地方公演でいなかった。

「速水さん、速水さん、会いたかった。会いたかった。」

そう言って、マヤは泣いた。

「マヤ、俺のマヤ。俺も会いたかった。」

あまり部屋の電気をつけないのも怪しまれるので、速水は仕方なく電気をつけた。
白々とした灯りの中、涙を浮かべたマヤがいた。
速水はマヤを抱き寄せて髪を撫でた。

「どうしても、試演まで会えないんですか?」

「ああ、だめだ。君の為だ。」

「速水さん、上演権を、もし、あたしが取ったらどうします?」

「仮定の話はやめておこう。今はいい演技をする事だけ考えるんだ。
 只、俺を信じてくれ。決して俺たち二人の為にならない事はしない。」

マヤはこっくりとうなづいた。
そして、速水は最後にもう一度口付けをすると帰っていった。

(俺を信じてくれ。)

その言葉だけを残して。



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