続・狼の夏 第1章 夏の日の恋   連載第4回 




 「まだ、帰りたくありません。」

マヤは、自分で言った言葉に真っ赤になった。

「ちびちゃん、いいから、今日は帰りなさい。明日、また会おう! 時間はまだある。」

マヤは速水の言葉をどう捉えていいかわからなかった。

「時間があるって?」

「君はいつまであの別荘にいるんだ。」

「一応、2泊3日の予定です。」

「俺もだ。俺も、ここでの仕事が終わったから、休みをとっている。君さえ良ければ、付き合おう。」

「で、でも、今この時は、この一時は今だけです。それに、招待したのは速水さんの方です。お客を追い返すような事はしないで下さい。」

速水は、少し考えていたが、

「、、、よし、じゃあ、11時までだ。11時になったら、帰るんだぞ。」

「はい、速水さん。あの、一人芝居なんですけど、今から、やったら駄目ですか? せっかく、用意してきたので。」

「君は、本当に芝居が好きなんだな、、、。そうだな、ぜひ、見せてくれ!」

速水がそういうと、マヤは嬉しそうな顔をした。
マヤは早速、準備に取りかかった。テラスの一角に照明がわりの懐中電灯を何本かおいた。
速水に衝立を貸して貰い、早変わりの時に使えるようにした。
そして、別荘の一室を借りて、衣装に着替えた。
一人芝居「女海賊ビアンカ」の幕が上がった。
マヤは懐中電灯の灯りをバックにシルエットを見せる時は、語りの男になった。
さっと、マントをひるがえして、照明の灯りの中にいる時はビアンカになった。
貴族の姫君がいかに海賊になっていったか、数奇な運命がマヤによって語られていった。
芝居が終わると、速水は惜しみない拍手を送った。

「マヤ、実に、素晴らしい。とても、良かった。面白かった。」

「本当ですか? 嬉しい。」

「さあ、こちらに来て休みたまえ、喉が乾いただろう。」

そう言って、速水は、マヤにミネラルウォーターを勧めてくれた。
マヤは、ごくごくと飲むと、ふーっとため息をついた。

「この芝居の事があるから、食事中、酒を飲まなかったのか?」

「ええ、それとこないだ、飲み過ぎてご迷惑をかけたので。」

その言葉に速水は笑い出した。

「ははは、なるほど、一応、反省したわけだな。」

マヤは、速水の言葉にむっとして言った。

「もう、速水さん、そんなに笑わないで下さいよ。速水さんは、お酒で失敗した事はないんですか?」

「聞きたいか?」

「ええ、ぜひ」

「だったら、先に着替えておいで。星を見ながら飲み直そう。」

速水に言われたので、マヤは、着替えてきた。マヤは

(良かった。速水さんに、紫のバラの人に気に入って貰えたんだ。嬉しい!)

世界中の誰よりも、紫のバラの人に気にいって貰えたのが嬉しかった。

速水はテラスで、照明を暗くして星を見ていた。音楽も切ってあったので、辺には波の音と風の音だけが聞こえていた。
湖を渡る風は涼しく、空には満天の星が輝いていた。速水はマヤの為に甘口のワインを用意して待っていた。

「ちびちゃん、改めて乾杯!」

「乾杯!」

速水は乾杯をするとマヤに天体望遠鏡を見せた。

「君が芝居を見せてくれたお礼に、土星を見せてあげよう。」

そう言って、速水は土星に照準を合わせた。

「さ、ちびちゃん、ここから見てみろ。」

速水がそういうので、マヤは、接眼レンズを覗いた。

「どうだ、リングが見えるか?」

「ええ。見えます、見えます。きゃあー、すごーい!」

「今の時期は土星の輪は見えにくいんだ。時期を選ぶともっとよく見える。」

「すごい、すごーい! 土星の輪を見たのって初めて! 本当に輪があるんだ。」

速水は、マヤのそんな反応を見るのが楽しかった。
二人は、それからとりとめの無い話をした。二人の間に、優しい時間が流れていた。
やがて、11時になった。
約束の時間になったので、速水はマヤを別荘まで送った。

マヤは、

「速水さん、ありがとうございました。今日はとても楽しかったです。」

と言って、ぺこりと頭を下げた。

「どう致しまして、ところで、明日はどうする。」

「まだ、決めていませんが。」

「君は、馬に乗った事があるか?」

「いいえ!」

「じゃあ、乗りに行こう。そうだな、ラフな服装をしておいで。9時に迎えに来よう。」

そう言って速水は帰って行った。

マヤは速水を見送ると、

(なんだか、今日はデートしたみたいだった。速水さん、優しい。どうしたんだろう。きっと、紫織さんに振られて落ち込んでいるのね。お芝居をみて貰って良かった。)

マヤは、素直に喜んだ。もし、速水が紫のバラの人だと知らなかったら、きっと、また何かたくらんでいるに違いないとマヤは思っただろう。だが、今は、速水の言葉を素直に聞けた。
マヤは幸せな気分で眠りについた。

一方、速水は、今夜のマヤの様子を思い出していた。
食事をしている時の子供っぽい仕草。
芝居をしている時の艶っぽい目。
ワンピースを褒めた時の嬉しそうな顔。
その一つ一つが速水に、幸福、満足、充足と言ったプラスの感情をもたらしていた。
自然と笑みがこぼれた。

マヤが別荘の中に消えて行くのを、確認した速水はセキュリティの責任者に連絡を入れた。
そしてマヤが泊まっている別荘のセキュリティシステムを作動させるように指示を出した。
一見、森の中に無防備に立っているように見える別荘だったが、そのセキュリティシステムは完璧で、機械と人に寄って守られていた。

夜は静かに更けて行った。



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