続・狼の夏 第1章 夏の日の恋   連載第5回 




 翌日、速水はマヤを高原の牧場へ連れて行った。
そこは、400頭ほどの牛が放牧されている観光牧場だった。
山頂にほど近い牧場は見晴らしがよく、爽快な気分を味わえた。

牧場に着くと、受付を済ませた速水は、マヤを馬屋に連れて行った。

「ちびちゃん、今日、乗るのはこの馬だ、人参をやってみろ。喜ぶぞ。」

マヤは、速水に言われるまま、人参を馬に差し出すと、馬はこりこりとにんじんを食べ始めた。
マヤは、馬の様子に目を丸くして喜んだ。
馬はもともと素直で優しい動物だが、馬それぞれに性格があり、人なつっこい馬もいれば、臆病な馬もいた。
速水が選んだ馬は、どちらかというと人なつっこい性格の馬だった。
名前を流星号と言った。流星号は鹿毛の馬で、顔に白い部分がありそれが流星のようだった。
速水は、マヤに馬屋で待っているように告げると乗馬服に着替えに行った。
マヤの手から人参を食べていた馬は、マヤを気に入ったらしく、顔をよせてきた。
おそるおそるマヤは顔をなでてみた。馬の温もりが感じられた。

「馬に気に入られたようだな。」

そう言いながら、速水がやってきた。
乗馬服に着替えてきた速水を見て、マヤは思わず、

「速水さん、格好いい!」

と叫んでいた。

「ははは、そうか。馬子にも衣装だろう。」と言って笑った。

速水は、馬屋から流星号を引き出すと、軽々と騎乗した。
それから、マヤに手を貸して、自分の前に乗せた。

「う、高い!」とマヤが言うと

「大丈夫だ。鞍の前をもってろ!」

と速水が安心させるように言った。
速水は、ゆっくりと馬を歩かせた。
馬に揺られながら見る景色は、また格別だった。
ちょっと、視点が上がるだけでこんなに違うのかとマヤは思った。
マヤは馬に乗った事で最初は意識されなかったが、よく考えたら、速水の腕の中にすっぽり納まっている自分に気がついた。
そう思うとなんだか気恥ずかしくなって、赤くなってしまった。
マヤは速水に、顔が赤くなった事が見つからないよう祈った。
速水は速水で、腕の中にマヤがいるのが嬉しかった。
マヤと速水は、牧場の牛達を馬に揺られながら見て回った。
牛達は草を食みながら、マヤ達を珍しそうに眺めていた。
子牛も何頭かいて、親の後ろをとことこと付いて回っていた。
やがて、牧場を一周すると速水は、馬を馬場に入れた。そして、マヤに

「どうだ、慣れたか?」と聞いた。

「はい、速水さん。」

「よし、そしたら、少し、馬の速度をあげるからな。怖かったら言うんだぞ。」

そう言って、速水は馬の腹を蹴った。
馬は、並足で走り始めた。マヤの耳元で、びゅうっと風の音がした。
速水は馬場を一周すると馬を止めた。

「どうだ、ちびちゃん。馬で走った感じは?」

「馬が、、、、はぁ、、、こんなに揺れるとは、、、思いませんでした。はあ〜」

「はははは、そろそろ休んだ方がいいな。」

速水は馬場の入り口でマヤを下ろすと、

「ちびちゃん、ここで待っててくれ。早駆けしてくる。」

そう言って、速水は駆けて行った。
マヤは、そんな速水をかっこいいなあと思いながら見ていた。
馬と一体になって走る速水は、日頃のスーツ姿からは想像出来ない若々しさがあった。
マヤは、携帯を取り出すと思わず写真を取った。
速水は馬場を一周すると、並足に戻った。
それから、馬術コースに馬を進めた。
小さな生け垣やハードルが作られたコースだったが、速水は軽々と飛び超えて行った。
その姿は優雅で美しかった。
速水は馬術を楽しんだあと、もう一度、馬場を早足で駆けると戻ってきた。
マヤは、思わず拍手をした。

「速水さん、すご〜い!」

マヤは思わず歓声を上げていた。

「大都芸能の若社長にこういう芸があるなんて!
 きっと誰も想像しませんよ。」と言った。

速水は笑いながら、

「芸か、確かに、芸かもしれんな。」と言った。

すでにお昼になっていたので、二人はランチにする事にした。
流星号を馬屋に戻すと、速水は着替えに行った。
着替えてきた速水を見てマヤはちょっと残念だった。
乗馬服を着た速水をもう少し見ていたかった。

二人は牧場に併設されたレストランでお昼を食べた。とりとめのない話をしながら。
マヤは不思議だった。速水が何故、自分と遊んでくれるのかわからなかった。
速水にそう問いたかったが、言えなかった。
なんだかデートをしてるみたいとマヤは思った。
(昨日といい、今日といい、一体どうしたんだろう。
 速水さんがどんな理由で私と遊んでくれるのかわからないけど、楽しいからいいわ。
 でも、水城さんが言ってたっけ。速水社長は結果を考えずに行動する人じゃないって。
 そしたら、このデートみたいな事にも何か意味があるんだろうか?)
とマヤは思った。
ふと黙ったマヤを速水は、不信そうに

「どうした?」と聞いた。

「あの、今日の速水さん、なんだか、普段と違うから、、、。」

「スーツ姿じゃないからだろう。人は服装が違うと印象が変わるからな。」

速水はそう言って誤摩化した。
何故、普段の俺と違うのか、理由をマヤに話すわけにはいかなかった。
何か言って話題を変えようと思っているとマヤが聞いてきた。

「一体、いつ、乗馬を覚えられたんですか?」

速水は話題が変わってほっとした。

「学生時代に、ちょっとな。」

「馬がお好きなんですか?」

「そうだな、馬が好きというより、馬との一体感が好きだな。」

そう言って、速水は、学生時代に初めて馬に乗った時の事、気性の荒い馬を手懐けた時の満足感を話した。
マヤは思った。
(なんだか、その馬、私みたい。まさか、まさかね。速水さんは私を手懐ける為に付き合ってくれているの?
 でもでも、紫のバラの人がそんな事するだろうか? いつも私を支えてくれた人が。ああ、わからない。
 でも、今、目の前にいるのは、あの速水さんだわ。冷血仕事虫の。)

マヤは思わず、言ってしまっていた。

「なんだか、その馬、私みたい。どんなに、ご馳走して貰ったって、上演権は渡しませんからね。」

速水はマヤの反応に、笑い出した。

「そういう事は、上演権を勝ちとってから言いたまえ。」

マヤは悔しかったが、その通りなので、口の中で、それはそうだけどといいながら、デザートをほうばった。

「それに」と速水は続けた。

「馬より君の方が扱いやすいぞ。」

「速水さん、ひどい! う、馬以下なんて!」

マヤは、かんかんになって叫んでいたが、速水はマヤのその様子に爆笑しながら、

「さ、機嫌をなおせ。俺のデザートをやるから。」

そう言って、自分のデザートの皿をマヤの前に置いた。
マヤは、皿と速水を見比べていたが、

「それじゃあ、遠慮なく。」

まだ多少不満の残った顔でマヤは、デザートをきれいに食べた。
その様子を、速水はくすくすと笑いながら見ていた。

午後は、別荘までドライブして帰った。
その夜は、対岸で花火が打ち上げられるというので二人は速水の別荘のテラスで花火を眺めながら食事をする事にした。

マヤは、支度をしながら考えていた。
(なんだか、夢みたいだわ。
 速水さんと普通に話せて、食事をしたり、一緒に馬に乗ったり、ドライブをしたりして遊べるなんて。
 信じられない。
 速水さん、紫のバラの人、速水さんが誰を愛していてもいい。
 どういうつもりで私とつきあってくれるのか、わからなくてもいい。
 今、この時を大事にしよう。
 それに、明日は東京に帰るんだもん。
 速水さんと一緒にいられるのも今夜が最後なんだわ。)

そう思うとマヤはひどく悲しくなった。
そして、自分の気持ちを打ち明けようかどうしようかもう一度考えてみた。
結局、打ち明けない事にした。
(速水さんが、紫のバラの人として、女優の私を気にかけてくれている。
 それだけでいい。それだけで、十分だわ。)
そう、自分に言い聞かせた。

6時になると、昨日と同様に速水が迎えに来た。



続く      拍手する      感想・メッセージを管理人に送る


Buck  Index  Next


inserted by FC2 system