続・狼の夏    連載第6回 




 その晩は、湖の対岸で花火が打ち上げられた。
二人は、速水の別荘のテラスで遠くの花火を、仲良く並んで見ながら食事をした。
マヤは昨日と同じワンピースを着ていた。
花火を見ながら、マヤは浴衣を着たかったなあ〜と思った。
その日は創作料理で、やはり近くのレストランからシェフが来て料理をしてくれた。
湖からとれた新鮮な魚を使った料理は、とてもおいしかった。
食事が終わると、シェフは挨拶をして帰っていった。
夜空には、まだまだ花火があがっていた。
マヤと速水は、テラスの欄干によりかかりながら、更に打ち上げられる花火を眺めていた。
マヤがふと見上げると、速水の横顔が花火の灯りを受けて夜空をバックにくっきりと浮かび上がった。
その横顔は端正で美しかった。
だが、その絵のような横顔も花火と共に消えて行った。

マヤの視線を感じて速水が振り向いた。

「どうした?」

「いえ、なんでも。花火ってきれいだな〜と思って。」

「ああ、夢のようだな。」

ドーン、ヒュー、パパパパパーン!
次々に花火が打ち上げられていく。
白から青へ、赤から緑、次々と花が開くように夜空を彩っていった。

ふと、速水は以前から聞きたかった事を思い出した。

「ちびちゃん、梅の谷で俺は不思議な体験をしたんだ。
 月影先生の『紅天女』を見た後、梅の谷を一人で歩いていると急に突風が吹いて谷全体が光ったんだ。
 そして天女を見たように思った。そしたら、君だったんだ。」

速水は少し照れくさくなって湖の方を見ながら続けた。

「君は向こう岸に居て、俺に阿古夜の台詞を言っていた。それから手をこう差し出して、、、。
 俺も手を伸ばしたらいきなり、幽体離脱のようになって。君と、、、。」

速水は話していて、急にこんな事あるわけがないと思った。
自分の体験を言葉に出すと、恐ろしく陳腐な事を言っているように思われた。
それでも、マヤが何も言わずに聞いているので、こんな事あるわけないなと言いながら振り向くと、マヤが涙を流しながら速水を見つめていた。

「速水さん、、、私も、、、同じ体験をしました。あの時、、、あなたが私の魂の半身だと、、、、。
 でも、でも、、、あなたには紫織さんがいて、、、、。」

マヤは泣いていた。大粒の涙がポロポロと落ちた。

「ご、ごめんなさい。速水さん、あなたは紫織さんを愛しているのに、、、、。
 私のこんな想い、迷惑ですよね、、、。
 今日は、私と付き合って下さって、、、ありがとうございました、、、。」

そう言って、マヤは、泣きながら、走り出した。

「マヤ!」

速水はマヤを、追いかけた。

「マヤ、待ってくれ!」

マヤは広間の扉を開けようとしていた。速水は、マヤを捉まえると、抱きしめた。
腕の中で、マヤが震えているのがわかった。嗚咽をあげて。

「迷惑じゃない、迷惑じゃないんだ。」

速水は、ずっと、ずーっと言いたかった思いをやっと言葉にした。

「マヤ、俺も、、、俺も、君の事を、、、。」

マヤは速水を見上げた。

目を丸くして。

「本当に、、、。」

そういうマヤの唇は、速水の唇で塞がれた。
マヤの閉じられたまぶたの裏に、先ほどの花火が鮮やかに浮かび上がった。

何度も。

何度も、、、。

速水は、唇を離すとマヤを抱きしめたまま、

「紫織さんを愛していない。愛した事など一度もないんだ。
 俺は、君の事をずっと想っていたんだ。
 だが、君は俺を嫌っていると。
 君が俺を愛してくれる事など絶対にないと思っていたんだ。
 義父が強く見合いをしろと言ってきた事もあって、紫織さんと見合いをした。
 どうせ、結婚しなくてはいけないのなら、大都にとって一番プラスになる花嫁と結婚しようと思ったんだ。」

「速水さん、、、。」

二人にとって、長い夜が始まった。
ソファに半分抱き合いながら座ると、二人は話した。
お互いの事を。
たくさんの誤解を。
紫のバラの事を。
マヤは、やっと紫のバラの人に、直接御礼を言えた事がうれしかった。
速水は、言った。

「君を、アンナ・カレーニナのチケットを使って呼びだした事があっただろう。
 あの時、よほど、俺が紫のバラの人だと言おうと思ったんだ。
 だが、結局言えなかった。
 正体がわかったら、君との絆が切れてしまいそうで、、、。
 君の気持ちがわかった時は、俺は奇跡だと思ったよ。」

そして、酒に酔ったマヤが、愛を告白しながら、総て忘れてしまっていた事を速水が話すと

「うそ!」

とマヤは叫んでいた。

「じゃあ、じゃあ、速水さんはずっと、私の気持ちを知ってたんですか? ひどい! 言ってくれればいいのに。」

「何を言っている。俺だって真剣に打ち明けたのに、すっかり忘れてしまったのは君の方じゃないか!
 君だって俺が紫のバラの人だという事を知ってて、知らないふりをして来たくせに。」

「た、たしかにそうだけど、、、、。」

「これに懲りて、酒は控えるんだな。」

「い、言われなくても、控えてます!」

そう言って、マヤは、ぷいと横を向いた。速水は笑いながら、マヤを抱きしめてほおずりをした。。
すると、マヤの機嫌はすぐに直り速水に笑顔を向けた。
二人の楽しげな笑い声が夜の静寂に吸い込まれて行った。
速水は、今後の事を話し合っておかなければと思って言った。

「俺たちは、大都芸能の社長と紅天女の女優候補だ。
 今、俺たちの恋を明るみに出す訳にはいかない。
 試演で、君が勝ったとしても、俺との恋が明るみに出たら、君が実力で勝ったとは世間は思うまい。
 マヤ。試演が終わったら、公表しよう。いいね。それまでは、秘密だ。
 俺は、相変わらず、紫のバラの人を演じるから君も合わせてくれ。」

「はい、速水さん! あの、それと速水さん、あの、私、試演で恋の演技をしますけど、それは、演技ですから。
 もしかしたら、見るのが辛いかもしれないけど。あ、愛しているのはあなただけですから。」

そう言って、マヤは真っ赤になって俯いた。速水は笑いながら、

「マヤ。俺のマヤ。」

そういいながら、速水は、マヤをぎゅうっと抱きしめて言った。

「ああ、信じているとも。君が舞台の上でどんな恋を演じようと現実世界の恋人は俺だけだと。
 俺の事も信じててくれ。これからも、人前で君を侮辱するような事をするかもしれない。
 だが、それは、君の為だ。或は、2人の為だ。いいね。」

「はい、速水さん。
 私、あの、もう大丈夫です。
 どんな事があっても、速水さんの事、信じてついて行きますから。」

そう言って、マヤは、速水を見上げた。

「本当は、試演が終わるまで打ち明けるつもりはなかったんだがな。」

そう言いながら、速水は、もう一度口付けをした。


速水は話している間中、マヤを離さなかった。
マヤの手を取り、何度もその手に口付けをした。
それから、髪に、目に、唇に。


やがて、二人の間に沈黙が訪れた。
速水は立ち上がると、マヤに手を差し伸べて

「おいで」

と言った。
マヤは、速水に手を預けた。
速水はマヤを屋内へと誘った。
2階へと続く階段をマヤは速水に手を取られて登っていった。
速水がドアを開けると、バラの香りが二人を包んだ。
紫のバラの花束が至る所に生けられていた。

ダウンライトの下、速水はマヤを抱き上げると紫のバラの花びらの中に横たえた。


満天の星々が、恋人達を優しく包んでいた。
銀河は緩やかに回転を続けていた。



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